2010年 12月 19日
click to enlarge 繭はていねいに管理されていないと、生糸・絹への生産流通過程に 乗せられない。 家庭が生産の場でもあった時代は、サラリーマン家庭が大勢を占める ようになった1960年代以降、想像がつきにくくなっているかもしれないが、 酒屋を営むヒロインの実家で、彼女は家庭兼職場を切り盛りする、貴重な 働き手であった故に嫁ぎ遅れる。 結婚適齢期とされる時期を逃し、戦争で左腕を喪った10歳上の男と結婚する。 実家では弟に嫁が来て、息子も生まれている。女が多すぎる、という成瀬巳喜男 作品的リアルな現実がある。 彼女の居場所は、ここにしかない。砦を少しでも居心地よい繭にするべく、 彼女は努力する。周囲の家庭に家電製品が出回るころであっても、ここでは 家事は肉体労働である。 破れ障子をつくろい、唐紙を全部貼り直す余裕はないから、花柄の包装紙を 切って貼る。廊下を雑巾がけするときは、寒さしのぎと、状態のいい方のソックスを 保護するためにであろう、重ね履きする。 お嫁入りするとき履いていたローヒール・パンプスとよそいきは、夫に代わって 出版社に漫画原稿を届け、原稿料をなにがなんでも貰ってくるときの戦闘的な 衣装となる。 ここも職場兼家庭なのだ。 ある日、彼女は夫にアシスタントを頼まれる。一軒家を借りて撮影されたロケ セットのきめ細やかさがすばらしい。ここだけ板貼りの床、奥の窓辺に置かれた 仕事机、両壁面を覆う本棚の本やファイル、入り口近くに仮の仕事台が作られ、 彼女はベタ塗りを担当する。 Gペンの音、墨汁で塗りつぶすときの音、外部から聞こえる様々な生活音。 鈴木卓爾監督の長篇第一作「私は猫ストーカー」以来の撮影や音響スタッフの 腕の冴えが見られる。 質屋通いは続いても、荒れ果てた砦に少しずつ家庭らしさがもたらされて来るが 対照的な、二階の下宿人の部屋の荒廃振りも、痛ましくうつくしい。 今でも日本映画が、今という形で存在している。すごいことだ。その場にいない 人間や、目に見えないとされる妖怪たちが平然と同画面に登場し、漫画の中の 鬼太郎も動き出す自在さでありながら、日本映画のつつましやかさの伝統が 存り続け、ノスタルジーに終らない強さを見せる。 ハッピーエンディングな偉人伝に帰結しない、生命の流れを感じさせる構造が すてきである。 「私は猫ストーカー」で一目惚れした寺十吾(どういう過程で<ジツナシサトル> と読むのだろう?)にまた会えたのも嬉しかった。武良茂役の宮藤官九郎、布枝役の 吹石一恵、他の役者陣も、みんなチャーミングだ。 幻影の城主である夫・宮藤勘九郎は、魔に憑かれたような/悪魔祓いの ような笑い声で日々の苦しさを吹飛ばし、妻・吹石一恵もじっと耐える だけの女ではない。デモーニッシュな協力者となり、他人同士の距離は 気がついたとき、縮まっている。 映画の中では口に出されるだけだった「お金が入ったら、中村屋の チキンカリー!」を彼らに替わって食すべく、義母とSと三人、新宿 中村屋に向かった。 (於新宿武蔵野館 2010年12月17日)
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by byogakudo
| 2010-12-19 13:41
| 映画
|
Comments(3)
Commented
at 2010-12-19 21:41
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ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented
at 2010-12-19 21:47
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ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented
by
byogakudo at 2010-12-20 14:58
すてきな映画を、どうもありがとうございます! 少しずつ住宅化が進んでいるであろう郊外に、取り残されたような小さな祠を囲む、あのお家の周りの様子。緊密な室内劇が行なわれる家は、あそこでなければならない、と実感しました。
スタッフ・キャストの丁寧な行為の結果として出来上がった、今の日本映画ですね。映画の肌触りが感じられて、とてもうれしかったです。 また、<ジツナシサトル>さんの解題、どうもありがとうございます。そういうことでしたか。2作とも「いい人」でしたが、彼が悪党を演じると、どうなるのでしょう? 表面に見せる以上の背景を感じさせて、怖そうな気がします。
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