2013年 05月 14日
「シェリの最後」の時代は、のどかなベルエポックも過ぎ去った 1920年代である。 前作では、ほとんど何も考えない美青年だったシェリも30歳近い。 第一次大戦に従軍し、身体は無傷で戻ってくるが、心はますます 空っぽだ。自分が空っぽであるのが、やっと自覚できるようになった、 というべきか。 彼は以前にも増してお金持ち。影が薄かった若い妻は、今では米軍 指導の病院の仕事に張り切っているし、がめつい母親は、相変わらず 利殖の道に邁進して、プルー家の財政はますます豊か。シェリは何も することがない。 隣にいた戦友が榴散弾にやられ、シェリは勲章をもらって、彼の思い とは無関係に戦争の英雄として復員してきた。今なら彼の状態はPTSD である。当時の言い方だとシェル・ショックか。うつけている。 誰も彼も戦後復興機運に駆られ、金儲けに忙しい。途方に暮れた男の 面倒まで見てられない。「だって、君は金持ちなんだから、金持ちらしく ゆっくり過ごしてればいいじゃないか」 第一次大戦後の変わってしまったパリを、シェリはさまよう。絶望の深さを 彼は、どれくらい知っていたのか。 かつて愛してくれた、そして彼が捨てたレアに会いに行く、という致命的な ミスを犯す。うつくしかった、だらしない様子をけして見せなかったレアは 年老い、老いの安楽さの中に埋没している。 老いの描写が無惨である。 <広い背中、彼の母親と同じようにカットした灰色のこわい髪のしたの ざらざらした脂肪のたるみがシェリの目に入った。>(p90) < レアが怪物じみているというのではなかった。しかしとにかく大きくて 身体のあらゆる部分にたっぷりと肉がついていた。丸々とした腿(もも)の ような腕は、脇の下の肉づきが邪魔してか、腰からはなれているのだった。 無地のスカートにこれといった特徴のない長い上着、その合わせから下着の 胸飾りがのぞいており、自然のなりゆきで女らしさが放棄され収縮していった いきさつと、性とは無縁になった女の威厳のようなものを語っているように 思われた。>(p92) ベルエポック期のレースや襞で覆われた優雅なドレスの時代ではない。 機能的でシンプルなスタイルが女性モードの主流となり、髷を結う手間の 要らないショートカット、老いも若きも近代的なファッションを身にまとう。 風俗が精神の変化と呼応しているのが、よくわかる。近代は1920年代に 始まる。 (岩波文庫 1994初 J) (5月19日に続く)
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by byogakudo
| 2013-05-14 14:47
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