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猫額洞の日々

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2015年 09月 10日

D・M・ディヴァイン/中村有希 訳「災厄の紳士」読了

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 近ごろ(21世紀)翻訳されたミステリだから楽しめるかどうか分からない
けれど、108円なので買ってみる。翻訳が遅くなっただけで、後書き(あっ、
鳥飼否宇!)によれば本格推理らしい。でもやっぱり、60年代末から70年代
初めのイギリス風俗小説として読む。

 幼なじみの男の子との恋に破れ、夏のパリで傷ついた心を癒そうとする
若いイギリス娘に言い寄ってくる、映画スター的美貌の若いイギリス男。
 男の方は、まあジゴロで食べている。女は長いスランプを続けるかつての
ベストセラー作家の娘。結婚している姉一家も同居する家庭で、彼女たちは
いずれかなりな財産を引き継ぐだろう。

 本格推理には死体が欠かせないので殺人事件が続く。ん?! 穏やかそうな
村なのに__そんな村だからこそと、わたしはいつも思うのだけれど__殺人
事件が、しかも名士の家庭が舞台の事件(醜聞)が起きる。捜査に当たる首席
警部も、地道で聡明な男なのに、派手好きな妻のせいだろうか、昇進できないで
いる。

 うわさ話に花が咲き、鉄棒引きには不足しない村の生活だが、時代は変わる。
妹・アルマが、パリのおみやげを姉のサラに渡す。

< サラは包みを開けた。テリレンのブラウス。しなやかなポリエステルの紺色
 の地に、白い小花模様が散っている。
  「シックね!」はしゃいだ声をあげ、両手で持って、目の前にかざす。 
  「もちろん着る時は」アルマは言った。「ノーブラでね」
  「もちろん......アーサー[注:サラの夫]がなんて言うかわかるわ__」
  「ええ、アーサーなんか無視!」姉妹はきゃっきゃっと声をたてて笑った。>
(p67)

 昼間、人前に出るのにブラジャーを着けないことが、"ウィメンズリブ"(後世の
"フェミニズム")の象徴的行為だったと、注をしなくていいのだろうか。時代は
その後また回転して、ブラを着けないことはオバサン的無精と見なされている
のではないかしら。

 アルマたちはノーブラはチャレンジに値すると考えるかもしれないが、婚前性交は
避ける。良家の子女だもの。
 彼女たちより階級が下のジゴロ氏には、しっかり者の妻・ドロシーと、結婚後すぐ
生まれた息子がいる。階級は違うが、サラとドロシーは似たタイプだ。どんなとき
でも冷静で実際的、実務能力に長けている。

 一家にひとり、しっかり者。一族にはひとり、経済に強い人。しっかり者にも
それなりの悩みがある。いつの間にか、彼/彼女は、みんなの当てにされている。
引受けて当然と見なされてしまうどころか、当てにする者もされる者も、互いに
そのことに無自覚になる。

 しっかり者のサラに、一家と親しい医者が忠告する。
<「あなたは、自分以外の人間はきちんと仕事をこなせないと思ってるんだろう。
 だから、いつも疲れてるんだ、あなたは」
  その言葉には、一粒の真実があった。「そうね、先生」サラは微笑んだ。>
(p223)

 事件の進展、解決とともに、人生をしっかり"こなす"だけだったサラが、自分から
発信しようとし始める、一種の教養小説とも読める。
 たくさん翻訳されているようなので、見かけて安かったら、買って読みたい。

     (D・M・ディヴァイン/中村有希 訳「災厄の紳士」
     創元推理文庫 2010年4版 J)





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by byogakudo | 2015-09-10 21:53 | 読書ノート | Comments(0)


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