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猫額洞の日々

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2016年 05月 31日

ヘレン・マクロイ/駒月雅子 訳『幽霊の2/3』読了

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 登場人物は作家、そのエージェント、出版者、批評家__
彼らとその妻たち、そして名探偵である精神科医、ベイジル・
ウィリングと妻のギゼラ。
 出版関係者ばかり登場する、1950年代後半のニューヨーク
の出版業界事情が描かれたミステリ。

 そうか、アメリカでの表現行為者はジャンルを問わず、個人と
業界とを結びつけるエージェントが必要なのだ。プロのスポーツ
競技者、役者、小説家、なんであろうとエージェントがいて、本人
に代って企業と交渉する。だから、出演依頼の電話を自分で受ける
スティーヴ・ブシェミなど、珍しい役者と言われるのだろう。
 日本にもタレント事務所があるけれど、それが表現行為者全般に
及ぶ、と理解すればいいかしら?

 アルコール中毒を克服した筈のベストセラー作家、彼のエージェント、
本の出版を一手に引き受ける出版者/出版社。
 三者とも落ち着いて過ごしていたところへ、別居中の作家の妻(女優)
が3年ぶりにハリウッドから戻ってくる。彼女と暮らしていたとき、作家
は何ひとつ書けなかった。
 エージェントも出版者もハラハラするが、社交(社会生活の必要)上
から、作家夫妻を主賓にしたパーティを開く。
 作家が妻と現れる。断っていたアルコールを口にして、危惧していた
以上の泥酔状態だ。彼にこれ以上飲ませないよう、みんなで幽霊の2/3
というゲームをする。3回質問に答えられないと幽霊の3/3、すなわち
完全な幽霊になってゲームから外れる。3問外れて、作家はアウトに
なった。
 親(出題者)が代って、新たにゲームを始める。作家に声をかけると、
本物の死体になっていた。

 これが物語の始まりだが、登場人物の描き方が大人らしく、丁寧だ。

 映画会社と契約更改できなくて戻ってきた作家の妻は、夫が死んでも
遺産のことしか考えない俗物で、関係者全員から馬鹿にされ、嫌われる。
あさましさが表面に立ち、読者も彼女を嫌うように書かれている。

 しかし、自身を知的な存在と見なす出版関係者にしたって、俗物性は
しっかり描かれ、容赦はされない。知性がまぶされている分、罪が重い
とも言えそうだ。捜査が進展するのと並行して、人間性が露わになる。

 作品を認める批評家と、認めない批評家。それぞれの文学論も面白い。
認めない立場によれば、
<「大衆小説というのは、前の時代の主流文学の亜流と相場が決まって
 います。三番街が二年遅れでパリをまねるのと同じですよ。ただし小説
 のほうは三十年近い文化のずれがありますけどね。[略]」>(p173)


 杉江松恋の解説に『幽霊の2/3』は、
<マクロイの第十五長篇にあたり、一九六二年に守屋陽一訳で
 創元推理文庫に収められた。>と、ある。

 守屋陽一、なつかしい名前だ。たしか日夏耿之介の弟子筋。
角川文庫版、ワイルド『柘榴の家』、挿絵入り。
 子どもの頃、再読するには悲しすぎて辛かった。『星の子供』
かな、地上で犯した罪は、どんなに後悔しようと、地上で許される
ことはない、と言われたようで、胸が痛くなる話だったと覚えている
が、他の物語も同じような思いを抱かせたのではないかしら。

 wikiで守屋陽一を見たら、
<50歳を過ぎてから株式投資の入門書を多く書>いたらしい。

     (ヘレン・マクロイ/駒月雅子 訳『幽霊の2/3』
     創元推理文庫 2009初 J)





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by byogakudo | 2016-05-31 22:40 | 読書ノート | Comments(0)


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