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猫額洞の日々

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2016年 10月 24日

森茉莉付近(44)/(2)辰野隆『忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎』終りかける

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~10月19日より続く(?)

 かつて離婚は犯罪であった。
 夫が妻を離婚するのは、妻の側に落度があるからと周囲は
認識する。落度には子どもが生まれない、生まれても男児が
誕生しなかったことも含まれる。男の側に不妊の原因がある
可能性は考慮されなかった。
 妻の方から離婚を切り出すと、夫から離縁されたときより、
もっと重罪人である。家庭は一国の基、それを女だてらに破壊
するなんて、とんでもない確信犯である。自分は当事者でなく
ても社会的制裁を加えねばならぬ、正義のために。国家の存続
のために。

 離婚後の森茉莉バッシングを率いた印象の強い辰野隆だが、
彼としては山田珠樹への友情から発したバッシングであると
信じていたのではないか。
 友人を否定するような女の行為は、到底ひとごとと放って
おけるできごとではない。自分が否定されたも同然のことだと、
認識したのではないか。
 後の時代に、彼の反応は、ホモソーシャルな力学関係にあった
からだと理解されようとは、思いも寄らず、予想もできなかった
だろうが、いまの視点で見ると、彼/彼らの反応はそうだ。
 社会的に確立された"男"という存在様式を、ひとりの女から否定
されたと感じての怒り。国家=家庭システムから逃れようとする女
が表現する、"個"の自由の概念への嫉妬。

 「このまま一緒にいると、わたしは暗いひとになってしまう」怖れ
から離婚に踏み切った森茉莉の思想は、当時は理解されなかっただろう
と思うけれど。

 けれども、ひとは時代の枠組みの中で自己形成する。森茉莉もまた
当時の思想によって規定される。アンチという形式で表現されること
であっても。

 『鈴木三重吉との因縁__喧嘩口論は酒の下物__』に、
"きたならしい"という言葉が出てくる。

 俳句<短夜の雨となりたる別れ哉>の感想を聞かれた辰野隆は、
<その句は男同志か女同志の別離を指すものなら相当な句と
 思うが、男と女の別離ならきたならしい句だと答えた。>(p143)

 清らかな(!)友情や友愛はホモソーシャルな間柄にしか存在せず、
ヘテロ間では起こりようがない感情や抒情であるとする思想であろう。
それは、友愛が性愛へと移ることを異常に恐れる思想でもある。二者は
断じて混同されることなく分別され続けなくてはならない、とする。

 性愛に対するタブー意識・検閲意識は、ある程度は本能として在る。
性的なエネルギーは、放置すればコントロールが利かない事態を招く
こともあるので、個体維持の本能、個体の集合延長としての共同体維持
意識がストップをかける。

 明治政府は日本国統一のために、かつては専ら武家社会に向けての
統治イデオロギーであった儒教的ストイシズムを万民に拡げようとした、
と理解しているが、これが明治の精神であるとすると、森茉莉も辰野隆も
(荷風も、潤一郎も...)そこで生きてきた。
 性愛は基本的に表沙汰にしてはならないこと、という前提は彼らに共有
される。

 感情に蓋をすれば内圧が高まる。結婚している男女が仲よさげに並んで
歩く様子まで、即、人前での性愛表現だと急速度で妄想されかねない、
いまから見れば逆に、性的ポテンシャル、高いなあと思う明治時代は、
儒教にプロテスタンンティズムがミックスされて、性愛はきたならしいこと
とされてしまった。

 森茉莉は、"きれいな恋愛"だってあるとする立場で、男同士の恋愛や
小悪魔的美少女が男たちを翻弄する小説を描いてきたが、それは"きたない
(とされる)性愛"意識へのアンチテーゼであり、テーゼは"恋愛は性愛に
つながる、きたないもの"として頑強に存在した。

 恋愛や性愛に清潔の概念を持ち込んで、どうするつもりなんだと思うのは、
わたしたちが今の時代に生きているからだ。明治のイデオロギーに生きる
辰野隆にしてみれば、パリ時代、弱ったのではないか。

 山田珠樹は妻である山田(森)茉莉を伴って留学している。森茉莉は
パリに文学を研究しにきたのではない。夫についてきて、毎日のんきに
散歩している。それだけで異分子だ。国費や貴重な外貨を費やして留学
するからには、帰国後、必ず、お国の役に立つ存在にならなければ、富国
強兵イデオロギーの日本国に対して申訳が立たないであろうに。
 文学も美術も音楽も、すべて外遊や留学には日本の文明開化の役に立つ
はず、というエクスキューズが一拍、置かれた時代だ。

 辰野隆はたぶん、妻を同伴してきてない(と思うが未確認)。
 パリの同じ下宿で身近に接する、妻以外の日本人の異性であり友人の妻で
ある、若い山田・森・茉莉と、どう距離をとればいいのか、よくわからない
苦手な存在だったのではないかしら。

 森茉莉が美容院に行ってるとき雨が降り出し、山田珠樹が都合が悪くて
辰野隆が傘を届けに来てくれた話を、森茉莉がどこかに書いていたと思う。
 そのときの辰野の、男女七歳にして云々の異性意識丸出しの、ガチガチ
緊張ぶりを、彼女は否定的に記述していた、と記憶しているが。

 同性の友人には、いくらでも好意が示せても、相手が異性となると親の敵に
向かうかのようになるのは、非文明開化的ではないか。
 自分がさらっと振舞えなかったことを、逆に、彼女の彼への侮辱と認識して
しまったので、後の森茉莉バッシングへと移行したのではないかしら。

     (辰野隆『忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎』 中公文庫 2015初 J)

10月26日に続く~





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by byogakudo | 2016-10-24 20:52 | 森茉莉 | Comments(2)
Commented by saheizi-inokori at 2016-10-24 21:36
私もかなり非文明開化的な男で生きてきたと気がついたのは最近のことです。
Commented by byogakudo at 2016-10-24 23:21
男女がカジュアルにつき合えるようになって、今度は
友人から恋愛への移行が難しくなった感じもします。


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