猫額洞の日々

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2018年 07月 15日

(1)安岡章太郎『僕の昭和史 I・ II ・III』(全3巻)読了

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 『僕の戦後史 I』のジャケット画が煙草のゴールデンバット、
『II』がピース、『III』がセブンスターである。それぞれが戦前
の昭和、戦後の昭和の始まりと終盤(単行本が出版された1988年
ころまで)を表し、煙草という個人的な嗜好品を主題に選んだこと
によって、個人の生きた時間と、彼が属する/属した社会との関わり
よう、その変遷を重ね合わせて表現する。
     (ジャケット・デザイン:田村義也)

 昭和は大まかに言えば戦争という切断線によって、くっきりと
異なると、とくに戦後に生まれたので、思っていた。戦争へと傾斜
していく戦前(1930年代以降)の昭和は、軍事政権の圧迫によって、
ひたすら暗く、呼吸するのも困難な時代だと思っていた。

 安岡章太郎によれば、
<「十五年戦争」という言い方は、戦後になって出来たもので、
 当時は誰もこんな戦争がこれから十五年間もつづくだろうとは、
 夢にも思っていなかった。[略]
 満州事変[注:1931年]とシナ事変[注:1937年]との間には、
 ほんの数年間にしろ平和なインターヴァルがあって、それを
 戦争とは呼べない気がするのだ。>(p39『僕の戦後史 I』)

 その間の大きなできごとを年表で示した後、
<満州事変からシナ事変までの間にも、いろいろなことが起っており、
 "非常時"つまり戦時下にあったことがわかる。しかし、満州事変その
 ものは僅か半年間でカタがついており、上海事変は小規模な局地戦
 で文字通り"事変"に過ぎなかったから、戦争の危害が僕ら銃後の国民
 生活におよんでくるとは考えられもしなかった。というより、この
 二つの事変は日本にとって儲かる戦争であったというのが、国民全般
 の実感だったろう。[略]
 たった半年間の戦争で、あの広大な満州の土地が手に入ったという
 だけで、これはたいへんな大儲けだと、国民一般はおもったはず
 である。>(p40-41『僕の戦後史 I』)

 歴史の教科書では政変や戦時のできごととして、大文字で一般化した
記述がされる。
 ここでは、安岡章太郎という個人が体験した時空間として、戦争は抽象化・
一般化されず、小文字で、実感的に描かれる。

 シナ事変3年目(1940年)ころから、日用品が身の回りから消えてゆく。
安くて実用的な木綿がなくなり、
<ス・フ(ステープル・ファイバー)と称するパルプ製の代用繊維がこれに
 かわった。>(p82『僕の戦後史 I』)
 コーヒー豆の中には大豆を焦がしたものが混じったりする。このときは
一時的だったが、マッチもなくなったことがある。

<そんな風に日用の実用品が失くなりはじめたことから、ようやく僕らは
 戦争の実感を、いやおうなしに身のまわりで覚えさせられるようになって
 きた。しかし、この圧迫感は、僕らの両親や祖父母たちの日清、日露の
 両戦役の頃には覚えたこともない奇妙なものだったに違いない。何しろ、
 宣戦布告もなく、政府が不拡大方針をとなえているうちに戦線が拡がって、
 いつの間にか中国全土に厖大な数の軍団が派遣され、何処までひろがるか
 わからない泥沼の中に、銃後の国民までが、どっぷり浸されたようになって
 いるのだ。>(p82-83『僕の戦後史 I』)

 2018年のいまは、どんなにこの頃と似ているのだろう。


     (安岡章太郎『僕の昭和史 I』 講談社文庫1991初 J)

7月17日に続く~





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by byogakudo | 2018-07-15 23:24 | 読書ノート | Comments(0)


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