猫額洞の日々

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2018年 10月 02日

辻村ジュサブロー『人形曼荼羅 自伝随想』読了

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 昨夜は予告(?)通り、アルフレッド・ベスター『イヴのいないアダム』
を読み出したが、最初の『ごきげん目盛り』一篇で眠ろうと思う。眼科に
ドライアイ治療薬をもらいに行かなくてはならないから、早く寝なきゃ。

 それなのに、ベスターのついでに辻村ジュサブロー『人形曼荼羅 自伝
随想』にも目を走らせる。なーんだ、冒頭の仏教的思考を飛ばして、
自伝的な部分を読んでいけば、このところよく引っかかる、一個人の
戦後史としても読めることに気づいて読み始める。

 起きて、午前中の病院に行く前後もジュサブローを読む。帰ってきて
からも。

 ベスターの第一篇『ごきげん目盛り』は、男と彼の所有する高性能アンド
ロイドの物語だ。アンドロイドがいつの間にか所有者の分身になり、ヒトと
アンドロイドが人格相関する。
 ヒトと人形との関係、ジュサブローの『自伝随想』につながる。

 満州の料亭に生まれた少年は、芸者たちに囲まれて育つ。幼いころから
布裂(ぬのきれ)と人形に惹かれる。芝居や芸事にも惹かれ、11歳で日本
に戻る。戦後の思春期から青年期は、芝居の周辺の仕事に就くが、チーム
ワーク向きではない。個人で集中できる人形作りの道に至る。
 『自伝随想』は、自伝より随想の方に重心がある。人形と彼自身との
関係を何度となく考えてゆく。

< 人は、人の形に似ていれば木の幹にさえもハッと驚くことがあります。
 うち棄てられた藁人形などに、異様なまでに強く「人」を見てしまうこと
 があります。人形(ひとがた)の前で己れが揺れ出したとき、すでにその人は
 物質としてそれを冷静に見つめる手だてを失っています。ただ人の形をして
 いるだけの物体が、いったん「人」と見はじめてしまっただけで、見る人に
 不思議な呪力で働いてくるものです。そして、人の形をした物に見てしまう
 「人」とは、結局自分自身の姿です。[略]
  人形は見る人にとってそういうものであるだけに、主観的なものでしか
 あり得ないとも言えましょう。
 [略]
  人形を作ることのむずかしさは、ここにあります。[略]
 人形を固有の人形にするのは、それに向かい合った一人一人の人間である
 以上、作者自身の思い入れなど無用なこととも言えましょう。[略]
 だからこそ、人形作りは自分の作りたい人形を作っていくしかありません。>
(p69-71『芝居と人形』)


     (辻村ジュサブロー『人形曼荼羅 自伝随想』 中公文庫 1991初 J)
 


 

呪 亜屁沈臓/呪 汚池腐裏子/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐・夷蛮禍/

 安保関連法(こと戦争法)の本会議投票行動(PDF)東京都の
安保関連法(戦争法)に賛成した議員名


 共謀罪強行成立記念! 安倍政権の暴挙を忘れないために振り返る
「共謀罪トンデモ答弁・暴言録」


 【票を入れるな危険】日本会議所属の都議候補一覧

 小池百合子氏 日本会議“本流”から外れた愛国者

 「共謀罪」法 衆参両院議員の投票行動

 上記のPDF





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by byogakudo | 2018-10-02 20:50 | 読書ノート | Comments(0)


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