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猫額洞の日々

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2019年 05月 07日

吉村昭『関東大震災』読了

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 帯の後ろ側に、吉村昭が「朝日新聞」1995・1・21付け夕刊に
寄せた文章が引用されている__

<   著者 吉村昭は訴える!
  この度の兵庫県下の大地震について、私は連日絶え間無く
 放映されるテレビの画面に視線をすえ、大きな見出しの新聞を
 読んできているが、身が小刻みにふるえるような激しい苛(いら)
 立ちで心身ともに甚だ好ましくない状態にある。それは、関東大
 震災の教訓が基本的に無視されているのを感じるからである。
  ..........
  地震は物理的現象で、過去の地震はすべて貴重な教訓を残して
 いる。>と。

 日本は地震多発地帯だ。関東大震災前後にも地震活動が活発で
あったし、今でもそうである。

 かっちりと構成されたドキュメンタリだ。
 最初と最後に、対立する立場に立たされた、ふたりの地震学者
の姿を描く。
 ボディに当たる個所では、まず、地震による災害状況(天災、
すなわち一次被害)を、次に、流言蜚語によって引き起こされた
人災(二次被害)である、朝鮮人や社会主義者殺害を綴る。

 地震によって通信機関が全壊する。焼け残った新聞社で新聞を発行
するが、情報は口コミしかない。不確かな情報を元に記事を書いて出す
結果、デマを保証、拡散することになる。

< 日本の為政者も軍部もそして一般庶民も、日韓議定書の締結以来
 その併合までの経過が朝鮮国民の意志を完全に無視したものである
 ことを十分に知っていた。また統監府の苛酷な経済政策によって生活
 の資を得られず日本内地へ流れこんできていた朝鮮人労働者が、平穏
 な表情を保ちながらもその内部に激しい憤りと憎しみを秘めていること
 にも気づいていた。そして、そのことに同情しながらも、それは被圧迫
 民族の宿命として見過そうとする傾向があった。
  つまり、日本人の内部には朝鮮人に対して一種の罪の意識がひそんで
 いたと言っていい。ただ社会主義運動家のみは朝鮮人労働者との団結を
 強調し、前年末には朝鮮人労働者同盟会の創立を積極的に支援していた。
  そうした社会的背景のもとに、大地震の発生した直後、社会主義者と
 朝鮮人による放火説が自然に起ったのである。>(p131)

 身に覚えがあるから、反転してデマに乗っかる。門や塀に記された奇妙な
符号__A、12a、とか、w3、r、ケ、ヤヤ、矢印など__は、

<牛乳配達、新聞配達、糞尿処理業者が得意先の各家々を分別するために
 白墨等でしるしていたもの>(pp148-149)

であり、以前から目にしていて、気にもとめていなかった符号なのに、
大地震のパニック下では、

<それらの奇妙な符号は、「殺人すべし」「放火すべし」「毒薬を投下
 すべし」「爆弾をしようすべし」などをあらわす暗号として恐れられた
 のである。>(p149)

 新聞記事がデマをさらに煽る結果にも繋がるので、9月7日、政府は

<治安維持罰則勅令を公布した。その維持令には、社会不安をうながす
 ような記事を掲載した新聞、雑誌等の発行人に対して、10年以下の
 懲役、禁錮、又は3000円以下の罰金に処すことが明記されていた。>
(p190)

<大地震発生後新聞報道は、たしかに重大な過失をおかした。その
 朝鮮人来襲に関する記事は、庶民を恐怖におとしいれ、多くの虐殺
 事件の発生もうながした。その結果、記事原稿の検閲も受けねば
 ならなくなったのだ。
  しかし、それは同時に新聞の最大の存在意義である報道の自由を
 失うことにもつながった。記事原稿は、治安維持を乱す恐れのある
 ものを発表禁止にするという条項によって、内務省の手で徹底的な
 発禁と削除を受けた。>(p191)

 亀戸警察署内で13名が殺された事件は隠蔽され、大杉栄たちの
殺害事件も、ひたすら隠そうとされた。
 すでに大震災以前に、

< 政府は、官憲を駆使して社会主義者に苛酷な弾圧を試み、大地震の
 起った3か月前の6月5日には第一次共産党党員の検挙を実施した。
 そして、庶民に対し、社会主義者は国家秩序をくつがえす恐るべき意図
 をいだいていると宣伝し、一般庶民も運動家を忌避(きひ)する傾きが
 濃かった。>(p130)

 だから、亀戸警察署内での大量殺人事件が、警察と軍の側に立った、
一方的な表現で公表されたときも、

<一般庶民は、社会主義者を危険視して、軍と警察の発表した内容を
 支持し、殺害もやむを得ないと判断する者が多かったのである。>
(p197)

 大震災での死体処理の話もある。死体を収容所に運ぶ自動車が、
ほとんど焼失しているので、

<東京市では、市役所の保有している自動車を使用することに決定した。
 それは、衛生課に所属している10余台の糞尿を運搬する自動車と塵芥
 運搬車であった。>(p234)

 今日の写真の河川も、死体で埋め尽くされていた。
 いまではさらに原発の問題が加わり、大地震は地球規模の危機を招く。


     (吉村昭『関東大震災』 文春文庫 1995年18刷 帯 J)





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by byogakudo | 2019-05-07 22:36 | 読書ノート | Comments(0)


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