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猫額洞の日々

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2021年 02月 25日

(3)芥川比呂志『決められた以外のせりふ』読了

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~2月24日より続く

 西洋の小説を日本語に翻訳する、それを読む。観念的な事柄が記されているなら、
具体的な事象に置き換えてイメージを得ようとする。風俗が描かれているなら、
日本人読者として想像できる範囲で想像する。いまなら固有名詞を画像検索すれば、
どういうものであるか見て知ることができるが、かつてはそういかない。日本人に
とって既知の、似たようなもので代替するか、細かく注を入れるかしなければ、
読者をそこで立ち止まらせることになる。前にも書いたが、dressing gownに
いちばん近い訳語として、褞袍が使われていた。いまは生活全般がアメリカナイズ
されている(畳のある家が珍しくなった)ので、むしろ、褞袍の説明として、ドレッ
シングガウン、とルビをふりそうな時代だが。

 かつて、日本人の生活が今ほど欧米化されていなかったころに、ヨーロッパ人や
アメリカ人が書いた戯曲(彼らの生活が背後にある)を読んで、それを舞台で演じ
たいと思った人々が、髪の色を鬘で変え(目の色はカラーコンタクトレンズはなか
ったので諦め)、登場人物の名前は原語のままで、日本人の役者が演じる、日本の
新劇があった、今でもある(だろう。演劇も知らないので想像する限りで、だが)。
 日本を舞台にして、日本人が登場するように翻案する方法もあるけれど、それでは
思いが伝わらない。あれこれ齟齬も生じるだろう。だって役柄が示し、含む感情や
思考が別のものに変形しそうだ。

 芥川比呂志たちの劇団「雲」は外国の演出家を招いて、自分たちの翻訳劇を演出
してもらう試みをした。
 イギリスからはマイケル・ベントール、『ロミオとジュリエット』の演出に。
 フランスからジャン・メルキュール、モリエール『ドン・ジュアン』。アメリカから
ハロルド・クラーマン、ユージン・オニール『夜への長い旅路』__彼の場合はアメリカ
から連れてきた役者5人との稽古を見学し、あとで「雲」のメンバーで同作を上演したが、
前二者は、
<それぞれ自分の国でする通りの稽古を、私たちに課したのであった。>(p161)

< 三人三様の演出ぶりであったが、その演出を通じて、私たちはそれぞれの国を代表
 する劇作家のいちばん深い部分にふれたという実感を持つことだできた。
  私たちは有意義な試みだと思っているが、[略]文句をつける人があって、りっぱな
 伝統をもつ日本の新劇が今更西洋人の演出家から教わる必要はあるまいとか、西洋で
 やる通りに日本人に出来るはずがないとか、いろいろなことを言う。
  まるで、私たちが西洋かぶれ、西洋崇拝の哀れな連中だと言わぬばかりである。
  しかし実際は、そんな考え方のほうが、ずっと体裁にとらわれているので、つまり、
 西洋コンプレックスの裏がえしにすぎないのである。
  第一、いくら私たちがイギリス人にイギリスの芝居を演出してもらっても、イギリス
 人の役者のように演じられるはずはない。私たちは日本人で、日本語で芝居をするの
 だから、両者の間には越え難い溝がはじめからあり、この溝は消えることはないだろう。
  だから、向うの作品を、こちら側へ持って来て、こちら側のやり方で上演すればよい
 というのでは、話が乱暴である。
  また、むこうのやり方はもう十分分っている、今更ABCから始めることはない、と
 いうのも思い上りである。私たちは「内面的感情を見失うな」「見せる芝居をするな」
 というような、昔から千万遍も聞いて耳にタコの出来ている言葉を彼等からも聞いたが、
 その指摘の仕方には鋭い剣で一挙に当の役者の存在の核心をつらぬき通す迫力があり、
 彼らの演出をうけることに、妙な言い方だが、その芝居を上演することから離れて、
 ほとんど独立した別種の喜びを感じたものだ。
  [略]
  藝術の他の分野では、西洋人の先生なんて、珍しくも何ともないことで、新劇だけが、
 今ごろそれを始めているわけだが、体裁なんか、どうでもよいことだ。頭をぶつけたり、
 足をふみちがえたり、痛い目にあえば、それが身につくのである。
  私たちはその手応えを、すでに感じている。___1967年4月 話の特集___>
(pp162-163『II』の『西洋人演出家』)
  
__絵画や建築は幕末・明治の初めから、西洋人の先生がいたけれど、翻訳劇の指導者に
西洋人を得たのは戦後、1960年代後半になって、ようやく、外に出会えたのだ。


     (芥川比呂志『決められた以外のせりふ』 新潮社 1970年5刷 函)

(3)芥川比呂志『決められた以外のせりふ』





サイコパスども__呪・滅亡 酢加与死日照/滅亡 亜屁沈臓/滅亡 汚池腐裏子




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by byogakudo | 2021-02-25 22:27 | 読書ノート | Comments(0)


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