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猫額洞の日々

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2023年 08月 20日

(1)尾崎翠『第七官界彷徨・瑠璃玉の耳輪 他四篇』

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 むかし古本屋だったころ、レジに坐って入口方向左上の真ん中
ほどに並べた薔薇十字社『アップルパイの午後』は、あまぞん
でわりとすぐ売れて読む暇がなかった。
 お師匠さんの残された本棚の岩波文庫版を頂戴して、一周忌の
近づくこの頃読んでみよう。薔薇十字社版を売って下さったH氏
は閉店して9年、もう亡くなられているかもしれない。夏は生者
と死者が接近する。

 尾崎翠、天才ではないか。『第七官界彷徨』が1931年に発表
された? 知識もないのに言ってしまうと、日本のモダーニズム
文学はここまで極まっていたんだ(読み終わったら創元推理文庫
版の渡辺温の隣に並べよう)。

 まるで昨日書かれたかのように新鮮でヒューマーに満たされ、
軽々と浮遊する。飄々とした文体を離れて書かれている内容を
読めば、そのころのミドルクラスの兄弟姉妹が上京して勉学する
風景で、若い男たちは家事を担当することなく自分の研究に入り
込み、ただ一人の女性である若い娘は家事の担い手であることしか
期待されない。もし彼女も勉強したいなら家事の隙間にやるのが
デフォルトで、兄たちも同居する従兄弟もそれを疑ったことがない。

 軽やかに、笑いながら少し哀しいトーンで綴られる若い女性の
手記の内実は、いまの目から見ると日本の男のマザコン史に読める
(わたしが、その点に小うるさいからであるが)。発表当時は、
どういう風に読まれたのだろう?

 掃除と洗濯と炊事は女の子のやること(ばあやと下女を付けて
上京させるほどのお金はないミドルクラスか?)。男は形而上に
生きる...。
 畳と襖の室内で人糞を煮てつくったこやしで二十日大根や蘚(こけ)
育てる、肥料と植物栽培の研究家である無謀な二男___こやしの臭いが
一軒の家を満たす情景は、

<こやしの臭いは廊下をななめに横ぎって玄関に流れ、茶の間に
 流れ、台所をぬけて女中部屋に洩れてくる>(p11)と記述される。

___この臭気が彼らの共同生活の基調であり、小説の低層をキープする。

 床の間には栽培植物の容器、畳の上は他の植物容器とこやしを煮る鍋
がぎっしり置かれ、こういう室内の掃除を頼まれるヒロインになり変わ
って、自分が研究してるんだから自分で掃除しなさい、と言いたくなる
のであるが、かつての読者たちは、こういう誰が家事労働を担うかなどと
非文学的な考察はオミットして、あくまでも表層を流れる文章表現を鑑賞
していたのだろうか?
 でも、このシヴィアな現実感覚が底部にあるから、尾崎翠の書く世界は
ふわふわと漂って消えてしまわないのだけれど。


     (尾崎翠『第七官界彷徨・瑠璃玉の耳輪 他四篇』
     岩波文庫 2014初 J)












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by byogakudo | 2023-08-20 22:51 | 読書ノート | Comments(0)


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