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猫額洞の日々

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2023年 11月 02日

(2)白坂依志夫『不眠の森を駆け抜けて』

(2)白坂依志夫『不眠の森を駆け抜けて』_e0030187_19010310.jpg























 森茉莉の話だけで感想文を終えるのもあんまりだと思い直す。
他にも引用したい箇所があるじゃないか、というわけで
『Capitolo.7 人間万華鏡』の『サハラに消えた映画 <長谷部安春>』
より引用___

< 東宝を契約解除になった山田順彦P(故人)がひょっこり訪ねて
 きた。『サハラに死す』という本を持って。
  上温湯かみおんゆ隆という青年が、ラクダ一頭でサハラ砂漠を
 横断しようとして失敗し、砂漠の中で死ぬまでの手記だった。
 山田Pはこれを映画にしたいと、ほとんど熱狂的であった。
  ふと、私は[略]『太平洋ひとりぼっち』を思い出していた。
 大作だったが客が全く来なかった。それを言うと、山田Pは[略]
  「それは違うぜ。砂漠は美しいし力がある。[略]」
 と、何冊もの分厚い写真集を取り出した。それ以後、砂漠の写真
 ばかりを撮っている野町のまち和嘉かずよしと何度も会って、他にも
 写真集を見せられた。
  なるほど迫力がすごい。[略]しかし砂漠は砂漠であり、迫力は
 あったが人間がいない。
  原作も渡された。[略]
  「さあ、次は監督だ」
 と、山田Pはサハラにとり憑かれたような声を出した。[略]
  次の会合には三船プロの田中寿一Pが現れた。
  「今、長谷部安春がうちでテレビを撮っているんだけど、彼では
 どうだろう」と田中P。
  「ああ、いいんじゃないかな」と私は思った。
  田中Pは「じゃあ今から呼ぼう」と電話をかけた。まもなくベー
 (長谷部)さんが現れた。
  こうして『サハラに死す』が立ち上がったのである。>(pp364-365)

 しかしイメージや想いから映画にする/なるまでは遠い。女性の登場
人物は、"歌舞伎役者が隈取ったような顔"(p366)のトアレグ族だけで
あるし、
< ベーさんは、[略]「これはモノローグの映画になるのかなあ」[略]
 「だって話す人がいないでしょう」>(P P365-366)、
ドキュメンタリならともかく致命的な問題だ。なんだかだで映画化の話は
流れる。

 『Capitolo.7 人間万華鏡』は追悼文集で、どれもいい。白坂依志夫の思い
が痛切だ。長谷部安春への追悼文である『サハラに消えた映画』は「映画
芸術」429号・430号、2009年と2010年に書かれたものだが、文章の構成
を示すと___

 長谷部安春と知り合ってすぐの仕事でのトラブルシューティング(主演の
原田芳雄が交通事故を起こし、彼抜きでの脚本を急いで書き上げる)から始まり、
(途中を略す)、『サハラに死す』が立ち消え、(また略す)、
癌に気づかず胃薬を常用する長谷部安春、彼の自宅へ一度だけ行って奥さんや
娘に会った話になり、"長谷部安春を偲ぶ会"で奥さんと娘さんと再会したこと、
そして、

< 中央に飾られたベーさんの写真に、おのがじし一輪ずつ花をたむけた。私は
 心の中でつぶやいていた。
  「ベーさん待っててね、僕もすぐそっちに行くよ」
  そのずっと前に三船敏郎は死に、三船プロは倒産し、当然『サハラに死す』は
 あぶくのように消えていた。>(pp370-371)
と結ばれる。

 どんなに思いが募っても言葉がひとりよがりにならないのは、常に観客を意識
した設定と会話を書かなければならない脚本家だから?
 
 たとえば引用した『太平洋ひとりぼっち』の箇所をを省略せずに書くと、
< ふと、私は市川崑監督、石原裕次郎主演の映画で、大ベストセラーだった
 『太平洋ひとりぼっち』を思い出していた。>である。
 さりげなく必要な情報が入れてあるし、思い出話は故人を英雄視せず、からかい
や失敗談みたようなエピソードも挟んでポートレートを描き上げる。

 技術があるっていいなあ。べたついた感情表現でできごとの表面をなめくじの
ように這いずり回る姿勢とは、真逆の立ち位置が爽快だ。
 日本のモダニズムの頂点のひとつ、ひとりなのかしら? 八住利義という戸籍名
ではなく、白坂依志夫という画数が少なく、すっきりしたペンネームを使ったのも
モダニストって感じだ。

 白坂依志夫のこの本や、荒木一郎『ありんこアフター・ダーク』は、ほんとは
わたしの兄の世代、60年安保世代のほうがもっとピンと来るのかもしれない。

 

     (白坂依志夫『不眠の森を駆け抜けて』 ふゅーじょんぷろだくと
     2013初 帯 J)

(2)白坂依志夫『不眠の森を駆け抜けて』
 










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by byogakudo | 2023-11-02 21:26 | 読書ノート | Comments(2)
Commented at 2023-11-04 14:48
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by byogakudo at 2023-11-04 15:54
あっ、じつはそれを覚えていたので引用したのです。


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