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猫額洞の日々

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2024年 08月 11日

(1)光クラブ|鍋屋横丁

(1)光クラブ|鍋屋横丁_e0030187_19303077.jpg


















 この写真も東の東京で。

 昨日も書いた、最初に光クラブが在ったのは鍋屋横丁のどこら
だったかの話の続きで、Sが見つけたweb記事の中に、新聞広告
のコピーがある。不鮮明な印刷の三行広告で読みにくいので、
記事中に打ち直して書いてある___

< その光クラブが社会の表面に出てきたのは、[略]1948年
 の後半。10月22日付東京タイムズ2面下の広告欄には以下
 のような三行広告が載っている。
 「金融斡旋 貸方月一割八分迄 担保提供大小不問 乞照会 
 中野本町4の38 鍋横電停近 光クラブ」。>

___ここから始まったのだ。

 ところで、三行広告の左隣の大きな文字の広告で、
<連合軍要員緊急募集>は、募集要項のところが切れているのが
残念だが、もしかしてRAAの女性募集かと考えたが、RAAは
1946年3月に閉鎖(しかし1948年4月時点で本部事務所がまだ
残っていると、wikiにある)。

 いまのweb地図で中野本町4-38と打ち込んでみると、ちょうど
文化堂書店の向かい側のビルのどれかに光クラブが在ったのでは
ないか?

あった。」というブログによれば___

<鍋屋横丁商店街は真昼のように様々な灯りや電灯、街灯、商店の
 蛍光灯、時にニーオン・サインの光に包まれていた。その商店街
 の中程に当時は消防車の車庫があった。その番地がまさしく、
 戦後の世間を騒がせた東大生による闇金融『光クラブ』が存在して
 いた場所だった。それを知ってから、ボクは散歩コースに鍋屋横丁
 の消防車の車庫前を加えた。>

___Sの記憶では、この"消防車の車庫"は、後のミネ薬局辺り(現在は
nagomi plus というリハビリデイサービスになっている)ではないか
という。連休が明けたら、やっぱり文化堂に行ってお尋ねしよう。

 銀座に越した光クラブの所在地は、中央区銀座2ノ3(松屋百貨店裏)
だそうで、これは光クラブがあった場所をたずねたのだけどという記事
によると、現在では銀座2-8。あのすてきな銀座ビルの向かい辺りのよう
だが、こっちのほうはどうやって特定できるだろう?





 Stop the Gaza Genocide 




 自民党裏金リスト(選挙区別一覧)___顔写真と名前の下の左側、
プロフィール図柄(?)を開けると当人の公式サイト、右側を
開けると自民党サイトの彼・彼女の紹介になる。











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by byogakudo | 2024-08-11 22:11 | 雑録 | Comments(2)
Commented by Inamoto at 2024-09-08 07:11
新聞広告に載っている光クラブの住所は「中野本町“通”四の三八」ですね。元記事がまちがっています。そして「中野本町通り」という住所は昭和42年に消滅しており、現在の「中野本町4−38」とはちがう場所だろうと思われます。
また、広告には「鍋横電停近」とありますが、都電杉並線の鍋屋横丁の停留所は現在の鍋屋横丁交差点にありました。ミネ薬局があったあたり(中野本町4−38)だと、停留所から至近とはいえないでしょう。光クラブはおそらく青梅街道に面したどこかにあったのだと思います。
Commented by byogakudo at 2024-09-08 13:26
ありがとうございます!
1950年ころの地図を見つけて、"中野本町通4-38"を探さないと。
地図探しからやり直しですね。


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