猫額洞の日々

byogakudo.exblog.jp
ブログトップ
2007年 08月 22日

森茉莉付近(18) 「黄金の砂の舞い」途中

e0030187_17355944.jpg










 (写真はクリックすると拡大します。)

 「黄金の砂の舞い__嵯峨さんに聞く__」(栗原澪子 七月堂 99初)に
山田珠樹関連事項を見つけたので引用する。嵯峨信之14歳は、大正5年
(1916年)、一家を上げて上京。芝車町の叔父宅から高輪中学に通っていた
ころの話である。

< 津田(注:高輪中学の友人)とは家が近かったからじきに仲良しになってさ、
 一緒にワルサをして歩いたな。アベック横町ってあってね、片っ方は
 フレンド女学院の寄宿舎の塀なの。片っ方はお寺でね、アベックが好んで
 通るのよ。それをからかったり、フレンド女学校の窓に石を投げたり。
 田辺鶴吉というのも近くでね、虎の門女学校に人力車で通う女の子を
 田辺が見染めて、家をつきとめるのにつき合わされたり。ところが、
 これがね、東大の山田珠樹って先生の妹だったのがあとでわかったの。
 「文春」に入ってから。原稿を依頼するようになってわかったんだ。山田
 登美子っていったの。>(p81)
[PR]

by byogakudo | 2007-08-22 17:59 | 森茉莉 | Comments(2)
Commented by ちわみ at 2007-08-23 20:19 x
珠樹の妹のトミコさんは、『記憶の絵』で山田家に嫁いだあたりの話に「富子」で出てきますね。クリスマスに車で銀座へ買い物行ったとか。
虎ノ門女学校のことは、虎ノ門のことを調べていたときに、全集のドッキリチャンネルで「女学生目当てに通う青年がいる」話があるのを発見して記事にしました(URL参照)。虎ノ門女学校は今の女学館のことで、場所は今の会計検査員のあたりです。
Commented by byogakudo at 2007-08-26 16:14
虎の門女学校→女学館なのですか。いつもありがとうございます。
引用文のフレンド女学院の件り、なにか他の本でも同じような
記述を見た気がするのですが、デジャヴュでしょうか。それとも
みなさん、似たようなことをしていたってことかも知れません。


<< 雑司が谷観光      「砲台島(ほうだいじま)」読了 >>