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猫額洞の日々

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2008年 10月 02日

まだ「あばらかべっそん」

まだ「あばらかべっそん」_e0030187_130073.jpg










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 芸能本はわりと好きだけれど、むかしの芸人に詳しくない
ので、必ずしも時系列ではない聞き語り形式を読むのは、
なかなか時間がかかる。

 皆さん、よく改名なさるので、誰が誰なのか、しょっちゅう
混乱するが、面白く読んでいる。

 春風亭梅枝(のちの先代柳窓、という注を読んでも、誰だか
わからない)について語る『幸先組(こうせんぐみ)』の章が、
ばかばかしさに徹した奇人ぶりと、その裏側の悲しさとが同時に
醸し出されて、好ましい。

 梅枝が音頭取りで始めた幸先組自体、ただ揃いの半纏姿で
そこらをブラブラするのが主旨の、無駄そのものなグループだが、
年末に文楽と会ったら、
< 「俺は幸先組の本部で、お前は支部だから挨拶に行くぜ」>
(p173)と言う。

 明けて元日、本当に羽織袴で恭しくやって来た。風呂敷包みから
二銭のおそなえ__これもシャレの額なのか、それとも大抵そんな
金額のものだか解らない__を載せたお三宝(さんぽう)を取出す。
ちゃんと「幸先組本部」と書いてある。

< 「本部から新年のお祝いに伺いました」
  大まじめでいいます。
  仕方がないから私も、
  「それはそれは御苦労さまで・・・」
  と大まじめでいってそれをもらうと、スーッとそのまんま
 かえってゆく。>(p174)

 これは奇行としては穏やかな方であるが、落語家間のシャレは
どぎつくなっても決して怒ってはいけない不文律があるようだ。

 それにしても、文楽の前のおかみさんが行水しているのを、二三人
連れて覗きに来て、
< 「オイオイ、この人のワコ(女房)が行水をしているのをただ
 のぞいてはいけませんよ。入場料を頂きますよ」
  てんで、切符をこしらえて十銭ずつとってのぞかせた。私も
 十銭払ってのぞいたんですがネ。いかにもその「時代」の
 のんびりしているところがみえていて、うれしいじゃござんせんか。>
(p175)

 谷崎の「幇間」だったかしら(?)、人々が愚かという徳をもって
いた時代だったのだろう。

 けれども面白からぬことがあって、梅枝(この頃は柳窓)は東京を
離れ、大阪に客死する。文楽が送った東京への汽車賃は結局、香奠に
なってしまった、という話である。

by byogakudo | 2008-10-02 13:01 | 読書ノート | Comments(0)


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