猫額洞の日々

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2017年 12月 20日 ( 1 )


2017年 12月 20日

(2)グウェン・ラヴェラ/山内玲子 訳『ダーウィン家の人々 ケンブリッジの思い出』半分ほど

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 写真は築地市場で。


~12月18日より続く

 子どものときから絵描きを志したグウェン・ラヴェラは、観察力
に優れる。子どもの目とはいえ、ヴィクトリア朝の周囲の大人たち
の様子をきちんと見ている。上流社会に属する少女は淑女(レディー)
になることしか期待されていないが、彼女は最初からそれに違和感を
抱く。

 自宅で家庭教師につくのではなく、通学学校に行きたいと願っても、
<女の子のための通学学校は「上品でない」という根強い理論が
 存在している[略]。
 上流階級の人たちは、女の子の教育に関して、年上の女の子の
 寄宿学校はどうにか認めていたが、[略]
 貴族は、寄宿学校さえ認めていなかった。知り合いのある貴族の
 夫人に、「私どもは、娘を学校へなどやりませんの」とぴしゃりと
 やられ>(p68-69『第四章 教育について』)るような時代である。

 16歳になるとき、親に頼み込んで寄宿学校に行かせてもらう。
<それ以外に脱出の方法は考えつかなかった。寄宿学校でも
 私はあまり幸せではなかったが、それでも、新しい角度から
 世の中を見ているという実感はあったし、家にいた時のように、
 発達がとめられているという欲求不満はなかった。>
(p81『第四章 教育について』)

 但し、寄宿学校は、
<何かにつけて「お嬢さまらしさ」に重点がおかれ、その上、
 いくらかキリスト教(国教会派)に傾いていた。あの学校にたとえ
 百万年いたとしても、決して居心地よく感じるようにはならな
 かっただろう。その後しばらくしてスレイド美術学校へいった時は、
 入学した時からのびのびできて幸せだった。そこの学生たちには
 私のなじみのない生活環境の人もたくさんいたが、私はみんなと
 気楽なつき合いができた。そこは私の故郷のようだった。寄宿学校
 では、私はいつも外国人だった。>(p83『第四章 教育について』)

 まだ6歳くらいのとき、初夏のある日曜日の午後、グウェンのお家
にお客さまがあった。みんなで川の中の小島に行き、セイヨウカリン
の木陰で過ごしていたが、
<私だけ家に入り、子どもの寝室へ上がっていった。
 [略]
 セイヨウカリンの木は向こう岸の正面にあって、葉をすかして
 女性の夏のドレスがちらほら見え、女性と男性が話をしている
 声が聞こえた。その声は、[略]
 笑い声もまざって陽気で、ちょっと気どっていて、いかにも楽し
 そうだった。[略]
  その時、日は照っているのに、雨が降りはじめた。大した降り
 ではなかったが、大つぶの雨が、ライラックの緑の葉の上に
 パシャッパシャッと落ちた。その時突然、世界がとまった。
 ぱっととまった。そして私はまったく一人ぼっちでしめ出されて
 いた。どこにも居場所がなく、まわりから切り離され、傍観者に
 過ぎなかった。のけものだった。
  心臓の次の鼓動とともに、世界はまた動きはじめ、何もかも
 いつもの通りでどこも変わったところはなかった。ただ仲間外れ
 の感覚は残った。
 [略]
 のちにはしじゅう起こり、私も慣れていったが、その度にそれは
 恐ろしく心細いもので、「自分」と木の下で楽しそうに語り合って
 いるあの人たちとのちがいを示しているように思われた。>
(p146-147『紳士淑女のつつしみ』)


 (グウェン・ラヴェラ/山内玲子 訳『ダーウィン家の人々
     ケンブリッジの思い出』 岩波現代文庫     2012初 帯 J)

12月21日に続く~





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by byogakudo | 2017-12-20 21:28 | 読書ノート | Comments(0)