猫額洞の日々

byogakudo.exblog.jp
ブログトップ

2018年 01月 28日 ( 1 )


2018年 01月 28日

(3)大庭萱朗 編『色川武大・阿佐田哲也エッセイズ2 芸能』追加

e0030187_22113575.jpg












~1月27日より続く

 章立てされず、まえがき的に最初に収められた『戦後史
グラフィティ』から引用したかったのを忘れていたので、
急ぎ、追加。
 色川武大の死去の後1989年に、話の特集編集室より
刊行された。色川武大、長部日出雄、村松友視が書き、
和田誠が挿絵を担当。

< 敗戦0(ゼロ)年。
  あの頃、ボクは十六歳で、中学をしくじったままの宙ぶらりん。
 誠(まこ)ちゃんは小学校の三年生だそうだから、九ツか、十か。>
(p11)と始まる。
 息せき切って、あの頃の記憶を書き留めていく、その中の、

< 敗戦七年[注:1952年]__。
  ウッカリしていてあまり気に留めていなかったけれど、敗戦
 から前年の講和までの間、この国は独立国ではなかったの
 だな。
 [略]
  巷の芸人の中に入れてよいかどうかわからぬが、なんとなく
 なつかしく思い出されるのは、通称"大空"という老詩人だ。
 マンドリンを抱えた小柄な老人で、長髪、髭をはやし、毎日
 東京の町のどこかをトボトボと歩いている。店舗や人家の前に
 ときどき立ち止まってマンドリンを鳴らし、喜捨してくれる者が
 あると自作の詩を記した小冊子をおいていく。
  だから詩人にちがいないし、乞食ではない。ボクは子供の頃から、
 つまりさほど老いていない時分の彼も眺めて知っているが、当時
 東京に住んでいた人なら皆知っていたのではなかろうか。大空の
 ごとく悠々と伸び伸びと生きる、というのが彼のスローガンで、
 一見したところ穏和で小心そうな老人だったが、戦中も戦後も
 ずっと一貫した生き方だった。多分うんと小規模なガンジーの
 ような人だったかもしれない。
 [略]
 大空詩人もこの年あたり以後、姿を見かけない。>(p31-32)

 1952年以後、姿を見かけないと色川武大は記すが、この詩人は、
さらに後年、鈴木創士氏が見かけ、林哲夫氏も言及されている、
詩人のことだろうか。


     (大庭萱朗 編『色川武大・阿佐田哲也エッセイズ2 芸能』
     ちくま文庫 2003初 J)

(1)大庭萱朗 編『色川武大・阿佐田哲也エッセイズ2 芸能』半分強
(2)大庭萱朗 編『色川武大・阿佐田哲也エッセイズ2 芸能』読了
(3)大庭萱朗 編『色川武大・阿佐田哲也エッセイズ2 芸能』追加



 寒いけれど、運動不足がひどいので阿佐ヶ谷まで行ってみた。
 千章堂の表の不均一棚から、筒井清忠『帝都復興の時代 関東大震災以後』
(中公文庫)と、ドゥルーズ『記号と事件 1972-1990年の対話』(河出文庫)。





呪 亜屁沈臓/呪 汚池腐裏子/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐・夷蛮禍/

 安保関連法(こと戦争法)の本会議投票行動(PDF)東京都の
安保関連法(戦争法)に賛成した議員名


 共謀罪強行成立記念! 安倍政権の暴挙を忘れないために振り返る
「共謀罪トンデモ答弁・暴言録」


 【票を入れるな危険】日本会議所属の都議候補一覧

 小池百合子氏 日本会議“本流”から外れた愛国者

 「共謀罪」法 衆参両院議員の投票行動

 上記のPDF





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2018-01-28 20:29 | 読書ノート | Comments(0)