猫額洞の日々

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2018年 07月 12日 ( 1 )


2018年 07月 12日

(1)ジュリアン・グラック/永井敦子 訳『ひとつの町のかたち』を読み始める

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 写真は一昨日、7月10日(火)に逢った猫、お祖師さまの近くで。
撮っていたら背後にロシアンブルー風も現れた。夏の猫は涼しい
場所に詳しい。
 環七手前では、(もしかすると10年くらい前にも逢った?)キジ
トラと再会。


[注:以下、引用文中の漢数字は洋数字に置き換えてある。]

 ジュリアン・グラック『ひとつの町のかたち』は、巻末の『訳者
解説』によれば、
<1921年から28年まで、グラックがナントの高等学校で寄宿舎
 生活を送った時期のその町と彼自身について』(p231)
述べた本だ。

『第一章 ナントの高等学校での寄宿舎生活。奪われた自由が刺戟した
町への関心や思い。その町は私を介してどうなり、私は町を介してどう
なったか、これからたどってみよう。』(章ごとに内容が要約された
エピグラフがつく)によれば、1920年代の寄宿舎は厳格に運営されて
いて、休暇を除いて、日曜日にしか外出できない。しかも、

<保証人自ら私たちを面会所まで受け取りに来て、[略]
 夕方にはそこまで私たちを送り届けなくてはならなかった。>(p17)
ので、グラックは2週間に一度しか外出しない。

<それ以外のとき町のもので見えるのは、校庭の塀からのぞく植物園
 の木蓮の梢と、8時5分前と2時5分前に、登校する通学生のために
 開かれる通用門から垣間見える美術館の正面玄関だけだった。>
(p17-18)

 修道院か監獄に近い幽閉生活だ。
 町を見ることはできないが、町の音は、廻らせた塀を越えて聞こえて
くる。
<私はひとつの町の中心部で、その町のことを身をもって知るという
 よりは想像しながら生きていた。>(p18)

 『第三章 私にとってナントの中枢は高等学校の周辺、行政と軍隊と
教会が支配する地区だった。高等学校に隣接するふたつの対照的な空間、
植物園と美術館』に記される、

<子ども時代というのは物質的なイメージを勝手に発展させて、それを
 伸び放題にするものだ。そして情緒的な記憶によってその物質的な
 イメージは、決定的に記録されることになる。たとえば私は、[略]
 神秘とはほど遠いその建築のまどろみの背後に、デルヴォーの町々、
 そしてキリコのそれすらも予感していた。>(p44-45)

__ひとごととは思えない。


     (ジュリアン・グラック/永井敦子 訳『ひとつの町のかたち』
     書肆心水 2004初 帯 J)

7月19日に続く~





呪 亜屁沈臓/呪 汚池腐裏子/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐・夷蛮禍/

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by byogakudo | 2018-07-12 20:17 | 読書ノート | Comments(0)