人気ブログランキング |

猫額洞の日々

byogakudo.exblog.jp
ブログトップ

2018年 07月 31日 ( 1 )


2018年 07月 31日

司修『本の魔法』半分弱

e0030187_20272998.jpg













 司修が装幀を頼まれた本を、どのように読んだ(解釈した)かが
綴られる。
 一冊の本を取り上げる。作品や、作家とのつき合いの思い出など
が次々に浮上する。同時代の作家と作品の装幀なので、わたしが
よく知らないジャンルのひとつ、日本近現代文学が対象である。

 装幀家がその一行、あるいは数行、一段落丸ごとに、どう反応して
本という三次元のオブジェをデザインして行ったか。
 興味あるトピックだけれど、司修の反応や感情移入の記述ぶりが、
当然といえば当然だが、まったく近代の男のひとの感受性そのもの
なので、読んでいて、だんだん気が重くなる。気が合わないなあ。

 『III 肌__『なつかしい本の話』江藤淳』では殊に熱心に、本のもつ
オブジェ性が語られる。

 江藤淳は4歳半のとき、母を肺結核で亡くす。6、7歳のころ、彼は亡母
から伝染した肺門リンパ腫を病む。

<少年の心の隅には、そのために苦しむ自分が、亡き母と共に生きて
 いる感覚を持つようなのだ。>(p102)

 病が癒えたころ、従兄の家で『アーサー王騎士物語』(大木雄三 編、
1927年)に出会うが、貸してもらえない。訪ねて行く度に、その本
だけ見当らない。
<従兄は江藤少年の熱中ぶりに、貸したら戻ってこないと感じたに
 違いない。>(p103)
__この辺りの解釈は、妥当だと思われるが、江藤淳『なつかしい
本の話』から引用、解釈する段になると、近代の男が暴走してるかの
ように、女であるわたしには感じられる。

<   本というものは、ただ活字を印刷した紙を綴じて製本してあれば
   よい、というものではない。つまり、それは、活字だけででき上が
   っているものではない。沈黙が、しばしば饒舌よりも雄弁であるように、
   ページを開く前の書物が、すでに湧き上がる泉のような言葉をあふれ
   させていることがある。その意味で、本は、むしろ佇んでいるひとりの
   人間に似ているのである。(『なつかしい本の話』)

  ぼくは、「ひとりの人間に似ている」という言葉に、江藤の母を感じた
 のだった。
  本に対する愛情は、四歳半のときに亡くなった母への愛であり、
 『アーサー王騎士物語』の[略]。
  「湖の精に育てられたという湖水の騎士サー・ランスロットの名前
 には、なぜか胸をときめかされた。」
  すでにいない母。父の再婚で登場するクリスチャンの新しい母。
 そのことを思うと、湖(うみ)の精(生みの母)への思いは、切実で
 あったろう。>(p103~104)

 言いたいことは、よーく分るけれど、分ることを拒否したくなる。
 昨夜、寝る前に、ここらを考えていて、わたしが中学生のころに
誓ったまま、ついぞ子どもを持たなかったことを思い出し、灯りを
つけ、急いでメモした__
"わたしは終らせるために来た。"と。
 これもかなりな誇大妄想ぶりであり、近代はかくも暑苦しい。


     (司修『本の魔法』 朝日文庫 2014初 帯 J)





呪 亜屁沈臓/呪 汚池腐裏子/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐・夷蛮禍/

 安保関連法(こと戦争法)の本会議投票行動(PDF)東京都の
安保関連法(戦争法)に賛成した議員名


 共謀罪強行成立記念! 安倍政権の暴挙を忘れないために振り返る
「共謀罪トンデモ答弁・暴言録」


 【票を入れるな危険】日本会議所属の都議候補一覧

 小池百合子氏 日本会議“本流”から外れた愛国者

 「共謀罪」法 衆参両院議員の投票行動

 上記のPDF





..... Ads by Excite ........

by byogakudo | 2018-07-31 21:47 | 読書ノート | Comments(0)