猫額洞の日々

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2018年 09月 15日 ( 1 )


2018年 09月 15日

多木浩二『「もの」の 詩学』読了

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 4月22日に瞎驢(かつろ)庵で買った2冊を、これでやっと
2冊とも読了。評論の類いを地下鉄の中だけで読んでいると、
なかなか読み終わらない。
 小説って、否応なく引きずり込んでスピードに乗らせて読ませる
形式だ。評論は、そうさっさと著者の世界に無条件で入られても
困る(?)だろうし。
 しかも時間をかけすぎて、最初の方は、かなり忘れている...。
(ヨタロー読みでもあるので、みなさん、本文に当たってください。)

 『第一章 「もの」と身体』は、たぶん1970年代に書かれたの
だろう。あのころの文体センス満載である。いまは、ノンシャラン
に気軽に語ってみせるのが流行りの芸風であろうが、むかしはそう
じゃなかった。なんか強面(こわもて)にふるまうのが流行っていた
ような記憶が蘇る。
 椅子と身体と室内(建築)との関係が記号論的に(たぶん)、
あまり可愛げなく記述される。

 『第二章 コレクションから展示へ』、この辺りから少し読む気
に(?)なってくる。
 『第二章 二 美術館と「芸術」の発生 1 ルーヴルの公開』で、
フランス革命により、ルーヴルの王室コレクションが市民に公開
されるようになった経緯が記される。
 いまは、"美術館"という制度から"美術"を解放しようという動き
だが、"美術館"以前のコレクションは、美術品も工芸品も動植物
標本も何もかもの、ごちゃまぜだったのだ。
 そこに啓蒙主義が現れる。種々雑多な「もの」が、ひとが作り
出した美術と、自然の産物とに分類され、美術は
<精神的機能をもつ一群の「もの」>
(p104『第二章 二 2 「芸術」の誕生』に生まれ変わる、という
歴史があった。

 フランス革命のころには、"革命"の事実を人々の目に見えるものと
するための祝祭(イヴェント)が多く行なわれ、画家のダヴィッドは
演出家兼美術監督のような存在であった。『マラーの暗殺』などは
知っていても、これは初めて知ったような按配である。
 ここらを読んでいると、"電通"まで、あと一、二歩、資本主義の時代
が近づいていることを予感させる。
 そしてもちろん、資本主義化、大衆化の時代の現れとして、わたしたち
はナチズムの時代をもまた持ち、さらにその前には権力のない王権として
のルートヴィヒがいる。

 幻の、夢想的で無力な王・ルートヴィヒが、自らが持つはずの栄光を
夢みて作らせる城は、ことごとく、その権力基盤のなさ故に、偽のお城
に見え、大衆化に伴うキッチュに通じる。

 同じように幻想の王権としてのヒトラーの夢想性が、最後に語られる。

<ヒトラーはソヴィエト軍がベルリンに迫ったときに、防空壕のなかで、
 なお故郷リンツ(総統都市のひとつ)の計画の細部をあれこれ考えていた。
 大きな模型に太陽の位置からライトをあてて、実物そっくりにみえるように
 して構想に没頭していたというのである。かれは、そのとき現実の時間を
 生きてはいなかったのである。>
(p290『第四章 ヒトラーの都市 三 「力」の仕掛け 2 巨大主義あるいは
死の表象』)


     (多木浩二『「もの」の 詩学』 岩波現代文庫 2006初 J)


 権力がありながら、それを(一代スキップした)家伝の悲願__大日本
帝国憲法への復帰、家父長制への復帰__に用いることにしか頭にない
気狂いが、いまの日本にいる。

「拉致問題を解決できるのは安倍政権だけだと私が言ったことはない。
ご家族の方がそういう発言をされたのは承知している」



呪 亜屁沈臓/呪 汚池腐裏子/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐・夷蛮禍/

 安保関連法(こと戦争法)の本会議投票行動(PDF)東京都の
安保関連法(戦争法)に賛成した議員名


 共謀罪強行成立記念! 安倍政権の暴挙を忘れないために振り返る
「共謀罪トンデモ答弁・暴言録」


 【票を入れるな危険】日本会議所属の都議候補一覧

 小池百合子氏 日本会議“本流”から外れた愛国者

 「共謀罪」法 衆参両院議員の投票行動

 上記のPDF





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by byogakudo | 2018-09-15 21:39 | 読書ノート | Comments(0)