猫額洞の日々

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2018年 11月 03日 ( 1 )


2018年 11月 03日

エリック・アンブラー/菊地光 訳『ディミトリオスの棺』読了

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 原作は1939年刊、グレアム・グリーンが1941年に西アフリカ
行き輸送船に持っていった一冊だ(p83上段『グレアム・グリーン
選集15 コンゴ・ヴェトナム日記』 早川書房 1965初)。

 『あるスパイの墓碑銘』も読んでみたいと思うのだから、まあ
面白かった。いまの時間感覚からいうと少し悠長だけれど、落着いた
書きっぷり、ともいえるし。

 まず、作者がいる。作者は読者に、主人公であるミステリ作家を紹介
して、彼がこれから巻きこまれることになる、冒険小説もどきのできごと
を非常に大まかに遠回しな言い方で概説した後、物語が徐々に動き出す。
 評論文で、まず概説、それから順次、詳細に記述して結論を証明する、
みたいな書き方だ。

 小説は、(作者から見た)主人公の視点で記述されるが、物語が終盤に
至るまで、できごとと記述との時差や記述空間域の差異を、読者に意識
させる"遠さ"がある。
 ものごと/できごとを観察、認識して記述するに至るには、適切な距離と
経過時間が必要である、という平凡な事実を感じながら読んでいった。
 できごとのさなかに記述するのは物理的に不可能で、記述行為は、いつも
"それ"が通り過ぎてから行われる。

 作家である主人公は、ふとした好奇心から、いろいろ悪事を働いてきた
ディミトリオスという男の死体を見に行く。ディミトリオスの悪事を調べて
いく過程で、主人公(観察者)もできごとに巻きこまれてゆき、できごとの
一部になる。

 作者が、"主人公である作家"の行為を描き、"主人公である作家"は、
実像が見えにくいディミトリオスの悪の肖像を描いてみようとする。
 さまざまな犯罪に手を染めてきたディミトリオスの肖像画は、ヨーロッパ
現代史の悪の部分、影の部分を一身に引き受けているかのようだ。

 作者を見倣って(?)、遠回しな言い方で説明しようとすると、ネタバレは
しないけれど、ひどく隔靴掻痒な感想文になってしまうなと、反省。


     (エリック・アンブラー/菊地光 訳『ディミトリオスの棺』
     ハヤカワ・ミステリ文庫 1976初 帯 J)





滅亡 亜屁沈臓/滅亡 汚池腐裏子/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/滅亡 吐爛腐・
夷蛮禍/

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by byogakudo | 2018-11-03 20:53 | 読書ノート | Comments(0)