猫額洞の日々

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カテゴリ:森茉莉( 69 )


2018年 05月 31日

森茉莉付近(52)/(2)近代(こだい)ナリコ・編『FOR LADIES BY LADIES 女性のエッセイ・アンソロジー』読了

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~5月30日より続く

 矢川澄子『卯歳の娘たち』より引用したい。

<卯歳とともに立去っていった森茉莉さんのことを思い出さない
 わけにはいかない。茉莉さんはちょうど少女野上弥生子が明治
 女学校にせっせと通っていた頃の東京で、二十世紀最初の卯の
 歳(明治36年)に生まれ、還暦の上にさらに二回りを重ねて七度
 目の卯年になくなったのだった。
  [略]じつは二年まえに逝ったわたしの母も、茉莉さんとおない年の
 卯の生まれだった。生れ育ちも東京の、それも医者の娘という、境遇
 としてはかなり似通ったところのあるこの二人ではある。>
(p272-273)

 森茉莉と矢川澄子の母、お嬢さん育ちの二人は
<極端に片付け下手>(p277)という共通項がある。

 矢川澄子の母は晩年を、世田谷区の介護施設、U院で過ごした。
< 茉莉さんの終焉の家になったフミハウスは、たまたまこのU院と
 小田急線をへだてて反対側にある。代沢のマンションを追われる
 ようにして茉莉さんがこちらに移ってこられたのは、わたしとしては
 かえって好都合だった。>(p274)

 両方にお見舞いに行けるからだが、
<母の方はなるべくなら食事の介護もできるように、その時間に
 いあわせた方がよろこばれるし、[略]こちらが優先されることに
 なる。茉莉さんの方はなにしろ時間など、あってもなくてもおなじ
 ようなものだから。>(p275)

< U院をあとに、次なる兎の住居に足をふみいれたらさいご、[略]
 要求されるのはもっぱら耳であり、聞き役であることだった。
  お引越しの日にお目にかかった次男の亨(とおる)さんに、世田谷の
 このあたりはわたしのホームグラウンドですし、なによりこのさきの
 U院に母がお世話になっているのでたびたび足を運びますから、と
 安心していただくつもりで申し上げると、亨さんは、それはありがたい
 けれど、でも近くにそんな施設があるなんてことは茉莉には伏せて
 おいてくださいね、と念を押された。いわれるまでもなかった。
 [略]
  茉莉さんはほんとにとめどもなく語りつづけた。まるで話が熄(や)んで
 こちらが「そろそろおいとま」といいだすのを恐れでもするかのように、
 継ぎ目もなしにことばが紡ぎだされてきた。こちらがよほど意志鞏固
 (きょうこ)でないかぎり、その日のそれ以後の予定はことごとくご破算
 になることをはじめから覚悟してでなければ、おいそれとお訪ねできな
 かった。そんなにまで話したがるその話題はといえば、すでに一再ならず
 茉莉さんによって書かれたか、もしくは語られたかして、先刻承知ずみの
 ことばかり、こちらとしてもあらたに得るものはほとんど皆無といっても
 よかったろう。
  それでもやはりわたしは茉莉さんをたずねつづけた。なぜってわたしは
 やはり茉莉さんが好きなのだったし、その好きな彼女が久々に聞き手の
 居合せてくれるよろこびを全身で表しているのを見るだけでも十分たのし 
 かったから。>(p276-277)

 矢川澄子のファンではまったくないが、二人に、老いゆくことのロール
モデルを見ながら、
< 自然に抗わず、老いと亡びにまかせるといった生き方は大きくいって
 共通していたけれど、[略]
 わたしはこれからいったいどちらの似姿により近づいてゆくのだろう。>
(p278)
と思いながら、自死を選ぶ方向に彼女を押しやった力が、やりきれない。


     (近代(こだい)ナリコ・編『FOR LADIES BY LADIES 女性の
     エッセイ・アンソロジー』 ちくま文庫 2003初 J)

(1)近代(こだい)ナリコ・編『FOR LADIES BY LADIES 女性のエッセイ・アンソロジー』
(2)近代(こだい)ナリコ・編『FOR LADIES BY LADIES 女性のエッセイ・アンソロジー』





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 共謀罪強行成立記念! 安倍政権の暴挙を忘れないために振り返る
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by byogakudo | 2018-05-31 21:28 | 森茉莉 | Comments(0)
2018年 05月 26日

森茉莉付近(51)/(2)鹿島茂『パリの日本人』読了

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~5月23日より続く

 政治家や実業家の評伝が多い前半はおとなしやかなタッチだが、
後半、『人間交差点・松尾邦之助』から俄然ノッてくる。

 松尾邦之助は1922年(大正11年)、東京外国語学校フランス語部
文科を卒業する。この年の卒業生がスター揃いだ。

<後に朝日新聞社のパリ特派員として松尾のライバルとなる渡辺
 紳一郎、[略]井上勇、[略]高橋邦太郎[略]、カッパ・ブックスの
 生みの親・神吉晴夫、名著『銀座細見』の著者安藤更生(こうせい)
 などがいる。>(p169)

 鹿島茂が河盛好蔵から聞いた話では、東大から非常勤講師でやって
きた若い鈴木信太郎がディクテのつもりでうっかり、ディクタシオン
と言ってしまい、授業ボイコットにまで発展したという。

< このボイコット騒動は、鈴木信太郎の兄貴分である辰野隆(ゆたか)
 が柔道部の猛者だった弟のコネを介して外語の柔道部に働きかけて
 圧力を行使し、なんとか一件落着となったが、おかげで、首謀者の
 渡辺紳一郎は辰野・鈴木という東大仏文中枢からは目の敵とされ、
 東大仏文への進学を諦めざるを得なくなった。渡辺紳一郎の経歴が
 東大支那哲学科卒になっているのはそのためである。>(p169)

__おべっか遣いの蔓延る政府+国家公務員の黒社会と、そのミニチュア
版である日大アメリカン・フットボール部スキャンダルを彷彿させる挿話だ。
 今や寄らば日本会議の陰なんでしょ、きっと。
 日大と、立て看除去スキャンダル(に多少は揺れなくもないであろうと
思いたい)・京大とは、学園闘争を始める時期ではないか。日大闘争50年
であることだし(東大は我利我利亡者ばかりだろうから、やりっこないし)。

 松尾邦之助が中西顕政という富豪から資金を得て始めた、仏文の日本
文化紹介雑誌の名前が、「ルヴュ・フランコ・ニッポンヌ」。
 "ニッポンヌ"の響きが楽しい。

 『パリの日本人』が新潮選書から出たのが2009年。「ルヴュ・フランコ・
ニッポンヌ」の翻訳や、獅子文六の復活は、この本の影響だろうか。

 『パリの昭和天皇 文庫版あとがきに代えて』は、『昭和天皇実録』から
の書き抜きだ。
 1921年(大正10年)、フランスを訪問した裕仁(ひろひと)皇太子は
6月21日に
<ノートルダム寺院を「一旅行者」として見学し、[略]メトロに乗車>した。
<「パレ・ロワイヤル駅より地下鉄に御乗車、ジョルジュ・サンク駅にて
 下車され、[略]御帰館になる。なお、ジョルジュ・サンク駅にて御降車
 の際、切符をお持ちのまま同駅の改札を通過される。御帰国後、御生涯を
 通じてこの切符を大事に保管される」
  パリのメトロでは、今も昔も、入口での改札はあるが出口での改札は
 ない。
 [略]『恐怖の報酬』で、仏領ギアナに流れてきたイヴ・モンタンがメトロ
 の切符を宝物のように大切にしている場面を思い出させる。>(p357)


     (鹿島茂『パリの日本人』 中公文庫 2015初 帯 J)


(1)鹿島茂『パリの日本人』
(2)鹿島茂『パリの日本人』





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by byogakudo | 2018-05-26 20:56 | 森茉莉 | Comments(0)
2018年 03月 15日

森茉莉付近(50)/(2)森茉莉『幸福はただ私の部屋の中だけに』読了

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~3月1日より続く

 これも何日か前に読み終わっていた。

 『第一章 楽しさのある生活』の『好きな場所』(「風景」
1968年9月号 初出)は、かっこいい。

< 現在(いま)、私のいちばん好きな場所は本、新聞の山、
 ポスター、暦の巻いたの等々の下にだか、中にだか湮滅して
 いて、(悪事の証拠ならいいが)その内、どの位先(さ)きの内
 だか不明であるが、今はどれより好きな一つの小説が終ったら、
 手伝うという人もいるから片附けて、>(P18)

__以下、bla bla bla、とその好きな場所の説明が6行ばかり、
読み点だけで続き、

<私を取り囲む曾ての<わが夢を見る部屋>を再現しようとたくらんで
 いる。>

__そして最後の2行で締める。

<この全部繋がったセンテンスの長い文章を見よ。私の心臓は大変に
 丈夫らしいのである。>(p18-19)

 書かれたのは『甘い蜜の部屋』が中断していた頃。<わが夢を見る部屋>
は、宇野浩二『夢みる部屋』から来ているのだろう。

 わたしが宇野浩二を読んだ直接のきっかけは磯田光一だが、そのずっと
以前、森茉莉を読んでいたときに名前を知り、それを忘れて、という流れ
だったようだ。

 『第二章 書くことの不思議な幸福』の表題作『書くことの不思議な幸福!』
(「主婦と生活」1965年11月号 初出)や、『第四章 人生の素晴らしい贈物』
の『真直ぐの道』(『森茉莉全集』第8巻所収、筑摩書房)が、心に残る。
 とくに後者の、ナマナマしさを圧縮・浄化してエッセンスに至らせた表現は、
直接的な言及で、いやな澱のようなものが再浮上しないようにとの思いから
選ばれた書き方だろうが、作家・森茉莉の核心を感じさせる。


     (早川茉莉 編/森茉莉『幸福はただ私の部屋の中だけに』
     ちくま文庫 2017初 帯 J)

(1)森茉莉『幸福はただ私の部屋の中だけに』
(2)森茉莉『幸福はただ私の部屋の中だけに』





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by byogakudo | 2018-03-15 21:24 | 森茉莉 | Comments(0)
2018年 03月 01日

森茉莉付近(49)/(1)森茉莉『幸福はただ私の部屋の中だけに』を読み始める

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 久しぶりに読む森茉莉だ。室内のひと・森茉莉に焦点を当て、
全集未収録の33篇等を収めたエッセイ集。

 『第一章 楽しさのある生活』の『市井俗事』(「美しい暮しの
手帖」1953年9月号)に記される、森茉莉の第二の故郷(ふるさと)、
下谷神吉(かみよし)町は、どこだろうと思って検索すると__
"わが心の東上野"四丁目辺りではないか! 
 森茉莉が昭和10(1935)年代に住んだ勝栄荘が1986年まで
在ったなんて...!(森茉莉街道をゆく 神吉町のアパルトマン)

 治りきっていないギックリ腰のSは部屋仕事を抱えて、あまり
遠出できないし、こちらは一昨日は税務署、昨日は眼科、明日
は皮膚科と忙しく、今日の午後やっと、二人組の散歩を東中野へ
実行した。大抵、ふたり一緒に動くので、こんなことは珍しい。
 今度、東上野に行くときは、森茉莉の1930年代を思い浮かべ
ながらになるだろう。


     (早川茉莉 編/森茉莉『幸福はただ私の部屋の中だけに』
     ちくま文庫 2017初 帯 J)

3月15日に続く~





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by byogakudo | 2018-03-01 21:26 | 森茉莉 | Comments(0)
2018年 02月 23日

森茉莉付近(48)/(1)佐藤春夫『観潮楼附近』・表題作

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 『観潮楼附近』(原文は正漢字、正仮名遣いだが、新漢字、
仮旧仮名遣いで引用する)には明治の作家・芸術家と、その
家族に関した物語が収められている。表題作はもちろん、
鷗外とその子供たちの物語だ。

 観潮楼の建物は1937(昭和12)年に失火で失われ、残った庭も
戦中、1945(昭和20)年の兵火で破壊された。
 敗戦後の1950(昭和25)年4月ころ、観潮楼址に記念館を建てる
鷗外記念事業が動き出す。佐藤春夫も発起人のひとりであり、
地鎮祭と鷗外追慕の座談会に出席し、スピーチを求められる。
 鷗外に会ったのは4、5回に過ぎないが、

<わたくしはわが文学上の系図を述べ立てて鷗外の嫡孫であると敢て
 揚言した。わたくしが詩を学んだ与謝野寛、散文を学んだ永井荷風、
 両先生は正しく自他ともに許す鷗外の正系、また何かとわたくしを
 指導してくれた生田長江は鷗外の弟とも見るべき上田敏の弟子として
 鷗外を仰いでゐた。長江の側から云へば鷗外はわたくしの大伯父に
 当るが、寛、荷風を申し立てればわたくしこそ不肖また僭越ながらも 
 正しく鷗外の孫弟子には相違あるまい。>(p208-209『十六』)

 会場には鷗外の遺族たちがいる。森於菟・博士には面識がある。
 鷗外によく似た紳士を、森類氏だと紹介される。森類・夫人の母は、
佐藤春夫が若いころ結婚しようとした女性であった。
 その女性は結局、亜藤(仮名)という画家に嫁いだ。そして母に面差し
の似た娘が、森類の妻になっている。

 森類が、
< 「......亜藤の母がお差支へなくば一度わたくしども夫妻と一緒に
 お宅に伺ひたいと申して居りますが、お邪魔にはなりますまいか」
  「喜んでお待ち申し上げます。是非どうぞ」>(p209『十六』)

< 終にわたくしは待ちわびた客を迎へ得た。[略]
 四人づれの客のために家内はスリッパを集めならべてゐた。約束の
 三人の外に類さんの姉、茉莉さんも加はってゐたのである。この人も
 面識こそ無いでも無いがまだゆつくり言葉を交へた事はなかつたから
 亦よろこばしい客であつた。>(p213『十八』)

 亜藤夫人から、森類家の庭で摘んだ三色菫が渡され、暖炉の上に
飾られる。
 
< 大きくもない洋室の一部の虫喰床へ三畳だけ敷き込んだ妙な応接間
 の一方に類さん夫妻が窮屈げにちよこなんと坐つた。家内が出て来て
 類さん夫妻の上座に茉莉さんを据ゑた。わたくしは大火鉢の脇に窓を
 背にした自分の座につくと狭い場所のどこに敷かうかと迷つてゐる家内
 から座布団を受取つた亜藤夫人が息女と大火鉢との間の狭いあたりを
 選んで火鉢の向ふにわたくしに対して座を占めて、茉莉さんと少しずれて
 列んだ。>(p212-213『十八』)

 様々な会話が飛び交う。

< 「突然に上りました。弟の話を聞いてこれを幸と出ましたが、十一時
 の打合せを一時と勘違ひして皆さんをお待たせしたばかりか、せつかく
 ゆつくりお話をうかがへる筈の時間を無駄にしてしまひました」>
(p215『十八』)
__とても、森茉莉らしい。

<わたくしは前後を綜合してみて、この日早く亜藤夫人が娘夫妻の家を
 訪うて菫を摘み類さんたちを帯同して途中前日から約束の茉莉さんを
 待ち合せての来訪と知つた。
 [略]
  「信州へご疎開のお噂は茉莉さんか誰方かにうかがつて居りましたきり、
 [略]もしお帰りなら類さんが一度伺ひたいと云ふので、ではその時でも
 一緒になど申して居りましたので。[略]」>(p216『十八』)
__これは、亜藤夫人の言葉。

 佐藤春夫が全員に向かって、森類が鷗外の若いころによく似ていると
いうと、

< 「え、あれは兄弟中で一番父に似て居りますから」と茉莉さんが話を
 引取つて色々と乃父、愛称で謂ふパッパの追懐談が出る。類さんの
 幼児の諸記憶がつづく、姉弟が欧州の旅寓で父の死を知つた悲傷を
 交々説く。[略]
 世間からは近づき難い感じのあつた鷗外は血をわけた人々には普通の
 父子以上に親愛になつかしみの深い性格に感じられてゐるらしい。>
(p217-218『十八』)

 他の客が現れたので森類たちは立ち上がる。

< 茉莉さんは起ち際に、日露戦争第二軍から凱旋の父を、母と別居中
 の家に迎へた夜の待ちどほしい心にひびいて来た父の靴音の思ひ出を
 記した一文の出てゐる雑誌をわたくしのために残して行つてくれた。
 この手土産は「歌日記」の評釈者たるわたくしに参考となるところが
 あるからであらう。>(p218-219『十八』)


     (佐藤春夫『観潮楼附近』 三笠書房 1957初 J)

 森茉莉の出てくる箇所だけ引用したが、元の文章は、寄せては返す波と、
波が置き去りにした漂着物(記憶)のイメージを伝える。





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by byogakudo | 2018-02-23 22:12 | 森茉莉 | Comments(0)
2018年 01月 06日

森茉莉付近(47)/(2)森まゆみ『鷗外の坂』読了

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~1月3日より続く

 1994年春から季刊「アステイオン」に連載したものが
ベースになっている。
 <ほぼ鷗外その人と親族、同時代の証言を頼りに>、
書かれた鷗外論だ。 

< 鷗外その人を描くよりも、鷗外の側(そば)にいた、共に
 暮した家族に光を当てることによって、鷗外にも反射させ
 ようと考えたがその成果は心もとない。とりわけ従来、教育
 ママとされる峰、悪妻とされるしげ、路頭の花のようにうつり
 がちな"エリス"、児玉せきらに対しては、それぞれの立場に
 心を寄せて描いたつもりである。彼女たちの抱えた問題は
 私の問題である。しかし、それによって現時点から鷗外を
 断罪しようというつもりもない。
  人間は多面的なものであり、人は他人の中におのれの似姿
 をさがす。「出世を争う官僚」「論争する文学者」「闘う家長」
 という見方もできよう。しかし、家族の記憶の中にある「微笑
 する鷗外」が、私の強く感得する鷗外である。>
(p423『微笑の人 鷗外』)

 鷗外は、ふと興味を覚えた人物について調べ出し、その調査の
プロセスを記す史伝小説__森まゆみによれば"掃苔小説"__
を書いた。
 森まゆみも、書かれたものの読み解きと、歩いて調べたこととを
基に淡々と、できるだけ公平な眼差しを保つことを心して記述する。

 森鷗外と女たち、とも言える本だ。近代の家族制度の鬱屈を、改めて
考えさせる。(<人は他人の中におのれの似姿をさがす>ので。)

 鷗外の母・峰は、明治維新によって扶持を経たれた森家再興の夢を、
長男に託す。
<家事万端のみならず、理財に長(た)け、貯金や家作(かさく)の購入や
 家計の算出にも巧妙で株の取引までしたといわれる>
(p342『第八章 二つの家』)峰にとって、森家というイエは、一種の
同族経営の会社組織みたようなものではなかったか。
 経営者は彼女である。

 会社は有能な人物を有効に配置したい。婿養子である夫は、町医者と
しては有能だが、家名を高めるには不向きな引っ込みがちな人柄であり、
遺伝子的には他人である。峰にとって森家とは、血縁共同体の周囲に、
遺伝子的他者を配合した組織だったのではないか。
 べつにこれは森峰だけでなく、イエ意識のあるところ、多かれ少なかれ
抱かれた感情であるが。

 そんなイエ(=同族会社)に、鷗外は(あなたの息子ではあるが)、
今はわたしの夫であると固く信ずる、モダーニスト・しげが妻として、
遺伝子的他者として登場してきたら、それはトラブルが起きない方が
不思議である。

 団子坂の家を二等分する形で暮すことで、表面の軋轢は静まっても、
底流には穏やかならざるものが流れる。(余談だが、二世帯住宅なんて
妄想神話だということが、この実話からも分かる。)
 イエには、いまだケリのつかない近代の問題が蟠っている。


     (森まゆみ『鷗外の坂』 中公文庫 2012初 帯 J)


(1)森まゆみ『鷗外の坂』
(2)森まゆみ『鷗外の坂』





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by byogakudo | 2018-01-06 22:15 | 森茉莉 | Comments(0)
2018年 01月 03日

森茉莉付近(46)/(1)森まゆみ『鷗外の坂』半分ほど

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 2017年末から少しずつ読んでいる。

 森まゆみは中学生のころから鷗外のファンだ。『鷗外の坂』は、
鷗外が作品や手紙に書いた東京を自分の足で歩きながら、彼の一生
を綴ろうとする試みだ。

<鷗外の足跡を追うとき、あまりに多くの坂を登り降りせざるを
 得ないのに気づいた。団子坂はもとより、三崎(さんさき)坂、
 三浦坂、S字坂、無縁坂、芋坂、暗闇(くらやみ)坂......。>
(p8『はじめに』)

 『第三章 わが旧妻なり』では、結婚して一家を構えた最初の家
があった、下谷区根岸金杉村122番地を探す。

 明治20年の「内務省実測東京五千分ノ一全図」によれば、
御院殿坂(いまは御院殿坂・跨線橋があるだけ)を降りたところ
が下谷区根岸金杉村128番地。
 122番地の新居は、地図では線路際の畑地に当るだろう。地図
が作成されたすぐ後に、畑がつぶされて建物が建ったと推測する。
<現在は線路拡張により、鉄道線路の中に入っているかもしれない。>
(p153)

< それにしてもこの家が御院殿坂下、次の家が清水坂(暗闇(くらやみ)
 坂)下、そして根津裏門坂上の千駄木町57番地、さらに団子坂上の
 観潮楼と、鷗外はよくよく坂とかかわる所に住んでいる。>(p151)

 鷗外が実際に歩いた坂道を辿り直す記録であり、同時にそれは、
鷗外の人生の登り下りを振り返る作業になるだろうし、明治という
時代の観察にもなるのだろう、と見当をつけて読んでいる。


     (森まゆみ『鷗外の坂』 中公文庫 2012初 帯 J)
 
1月6日に続く~





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by byogakudo | 2018-01-03 14:18 | 森茉莉 | Comments(0)
2016年 10月 26日

森茉莉付近(45)/(3)辰野隆『忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎』読了

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 写真は16日(日)、善福寺の犬。建物が道路より下にあり、60年代頃
のお家かと眺めるともなく見ていたら、ふうっと現れた。吠えもせず、
ただ、どなたですか、みたいに登場して、金網越しに触れるほど近づいて
きた。なつかしくなるような犬。

~10月24日より続く

 『書狼書豚』より引用。
<書物でも珍本、稀覯書、豪華版と来ると、こいつは多きを惧れ、
 少ければ少いほど所有者は鼻を高くする。斯ういう病が高じると、
 世界に二冊しかない珍本を二冊とも買取って一冊は焼捨ててしまわ
 ねば気がすまなくなって来る。親友山田珠樹、鈴木信太郎の両君が
 正に此種の天狗のカテゴリイに属する豪の者である。彼等の言い草に
 依ると、「あれほど味の佳い秋刀魚や鰯が、あり余るほど漁(と)れて、
 安価(やす)いのが、そもそも怪しからん」のだそうである。
 [略]
  鈴木信太郎君は嘗て僕を「豪華版の醍醐味を解せぬ東夷西戎
 南蛮北狄の如き奴」と極めつけた。山田珠樹君は先頃たまたま、
 「彼は本は読めればよし酒は飲めればよし、といった外道である」
 と、全(まる)で僕を年中濁酒(どぶろく)を飲みながら、普及版
 ばかり読んでいる書狼(ビブリオ・ルウ)扱いにした。
 [略]
 二昔以前に遡って、未だ両君が型のくずれぬ角帽を頂いていた
 秀才時代から、次第に書癖が高じて、やがて書痴となり書狂となり
 遂に今日の書豚(ビブリオ・コッション)と成り果てた因果に想い到る
 と、僕にも多少の責任が無くはない。そもそも両君が一日僕を訪れて、
 書斎の書架に気を付けの姿勢で列んでいた仏蘭西の群書を一目見てから
 の事で、[略]ふらふらと病みついたのであった。その後僅か数年の間に、
 僕の蔵書数は山田君に追越され、鈴木君に追抜かれ、今では僕もつくづく、
 後の雁が先になる悲哀を楽しむ境に残された。>(p166-167)

<蔵書の数に於いては、山田君に一日の長があり、豪華版の多種な点では、
 何と言っても鈴木君に指を屈せざるを得ない。山田君の好んで蒐めている
 のは、仏蘭西小説とそれに関する文献であるが、鈴木君のは仏蘭西詩歌
 殊に象徴詩とその文献で、全く見事なコレクションである。加之、両君の
 書斎が又愛書家にふさわしい洵に立派なものである。>(p169)

< 数年前、僕は九州大学の成瀬教授から一本を贈られた事がある。
 書名は『ポン・ヌッフ橋畔、シラノ・ド・ベルジュラックと野師ブリオシエ
 の猿との決闘』というものである。
 [略]
 之は非常な稀覯書で、而も扉の見返には近代の愛書家四名の書蔵票(エキス・
 リブリス)が連貼してある。シャルル・ノディエ、ジュウル・ルナアル、
 エドワアル・ムウラ、及びド・フルウリイ男爵の蔵書票なのである。
 [略]
  此の『シラノ猿猴格闘録』は小型の渋い美装本であるが、[略]少々心配に
 なって来た。握持慾だけ旺盛で、保存慾の希薄な僕が、もし此の珍書を失くす
 ような事があったら、それこそ一大事だと思った。
  数日後、山田、鈴木両君に会って、此の奇書の話をすると、両君の目の色が
 見る見る変って来た。[略]どうせ俺には保存慾はないのだから、欲しければ
 与(や)ってもいいよ、と軽く言って見た。二人は欲しいとも何とも言わずに、
 唯うむと唸っただけであった。その後更に数日を経てから改めて図書館に
 山田君を訪ねた。すると、虫が知らせたとでもいうのだろう。その席に偶然
 鈴木君も来ているのだ。僕は二人の顔を見比べてつとめて冷静を装いながら、
 例の珍本を取り出して、先日話した本は実は是なんだがねと、独言のように
 言って、この本を卓の上に抛り出した。すると、その瞬間に__全く打てば響く
 と言うか、電光のような速さで鈴木君が、
  __ありがとう! と呶鳴った。
  見ると、山田君はたゞ飽気に取られて、
  __早えなあ! と言ったまま、眼を白黒させている。>(p170-172)

<エドゥワアル・フウルニエが著した『史的文学的雑録』(一八五五年)
 という書物がある。
 [略]
 第一巻に『シラノ猿猴格闘録』が収められてその解説が施されている。
 それに拠ると本書の初版は全く湮滅(いんめつ)した、刊行年代は一六
 五五年前後らしいと言われている。一七〇四年の再版が唯一冊残存して
 いたのが、シャルル・ノディエの有に帰し、後にそれがルウ・ド・ランシイと
 いう男の手に渡り、此のド・ランシイ君から借用して茲に翻刻した、と断って
 あるそうである。
  鈴木君の御託宣に依ると、本書は世界に一冊しかなく、而も、その所有者
 が夫子自らに他ならぬと言うわけなのである。
 [略]
  若し火事が起って君の蔵書を悉く焼き尽したら君は一体どうする、と僕は
 嘗て鈴木君に冗談半分に訊ねて見た。すると鈴木君は、その時弁慶すこしも
 騒がず、泰然自若として答えた。
  __必ず発狂して見せる。
                                                              (昭和七年秋)>(p172-174)

 その後、戦争があった。日本中、あちこちが戦火に襲われた。

     (辰野隆『忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎』 中公文庫 2015初 J)
 





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by byogakudo | 2016-10-26 22:09 | 森茉莉 | Comments(0)
2016年 10月 24日

森茉莉付近(44)/(2)辰野隆『忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎』終りかける

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~10月19日より続く(?)

 かつて離婚は犯罪であった。
 夫が妻を離婚するのは、妻の側に落度があるからと周囲は
認識する。落度には子どもが生まれない、生まれても男児が
誕生しなかったことも含まれる。男の側に不妊の原因がある
可能性は考慮されなかった。
 妻の方から離婚を切り出すと、夫から離縁されたときより、
もっと重罪人である。家庭は一国の基、それを女だてらに破壊
するなんて、とんでもない確信犯である。自分は当事者でなく
ても社会的制裁を加えねばならぬ、正義のために。国家の存続
のために。

 離婚後の森茉莉バッシングを率いた印象の強い辰野隆だが、
彼としては山田珠樹への友情から発したバッシングであると
信じていたのではないか。
 友人を否定するような女の行為は、到底ひとごとと放って
おけるできごとではない。自分が否定されたも同然のことだと、
認識したのではないか。
 後の時代に、彼の反応は、ホモソーシャルな力学関係にあった
からだと理解されようとは、思いも寄らず、予想もできなかった
だろうが、いまの視点で見ると、彼/彼らの反応はそうだ。
 社会的に確立された"男"という存在様式を、ひとりの女から否定
されたと感じての怒り。国家=家庭システムから逃れようとする女
が表現する、"個"の自由の概念への嫉妬。

 「このまま一緒にいると、わたしは暗いひとになってしまう」怖れ
から離婚に踏み切った森茉莉の思想は、当時は理解されなかっただろう
と思うけれど。

 けれども、ひとは時代の枠組みの中で自己形成する。森茉莉もまた
当時の思想によって規定される。アンチという形式で表現されること
であっても。

 『鈴木三重吉との因縁__喧嘩口論は酒の下物__』に、
"きたならしい"という言葉が出てくる。

 俳句<短夜の雨となりたる別れ哉>の感想を聞かれた辰野隆は、
<その句は男同志か女同志の別離を指すものなら相当な句と
 思うが、男と女の別離ならきたならしい句だと答えた。>(p143)

 清らかな(!)友情や友愛はホモソーシャルな間柄にしか存在せず、
ヘテロ間では起こりようがない感情や抒情であるとする思想であろう。
それは、友愛が性愛へと移ることを異常に恐れる思想でもある。二者は
断じて混同されることなく分別され続けなくてはならない、とする。

 性愛に対するタブー意識・検閲意識は、ある程度は本能として在る。
性的なエネルギーは、放置すればコントロールが利かない事態を招く
こともあるので、個体維持の本能、個体の集合延長としての共同体維持
意識がストップをかける。

 明治政府は日本国統一のために、かつては専ら武家社会に向けての
統治イデオロギーであった儒教的ストイシズムを万民に拡げようとした、
と理解しているが、これが明治の精神であるとすると、森茉莉も辰野隆も
(荷風も、潤一郎も...)そこで生きてきた。
 性愛は基本的に表沙汰にしてはならないこと、という前提は彼らに共有
される。

 感情に蓋をすれば内圧が高まる。結婚している男女が仲よさげに並んで
歩く様子まで、即、人前での性愛表現だと急速度で妄想されかねない、
いまから見れば逆に、性的ポテンシャル、高いなあと思う明治時代は、
儒教にプロテスタンンティズムがミックスされて、性愛はきたならしいこと
とされてしまった。

 森茉莉は、"きれいな恋愛"だってあるとする立場で、男同士の恋愛や
小悪魔的美少女が男たちを翻弄する小説を描いてきたが、それは"きたない
(とされる)性愛"意識へのアンチテーゼであり、テーゼは"恋愛は性愛に
つながる、きたないもの"として頑強に存在した。

 恋愛や性愛に清潔の概念を持ち込んで、どうするつもりなんだと思うのは、
わたしたちが今の時代に生きているからだ。明治のイデオロギーに生きる
辰野隆にしてみれば、パリ時代、弱ったのではないか。

 山田珠樹は妻である山田(森)茉莉を伴って留学している。森茉莉は
パリに文学を研究しにきたのではない。夫についてきて、毎日のんきに
散歩している。それだけで異分子だ。国費や貴重な外貨を費やして留学
するからには、帰国後、必ず、お国の役に立つ存在にならなければ、富国
強兵イデオロギーの日本国に対して申訳が立たないであろうに。
 文学も美術も音楽も、すべて外遊や留学には日本の文明開化の役に立つ
はず、というエクスキューズが一拍、置かれた時代だ。

 辰野隆はたぶん、妻を同伴してきてない(と思うが未確認)。
 パリの同じ下宿で身近に接する、妻以外の日本人の異性であり友人の妻で
ある、若い山田・森・茉莉と、どう距離をとればいいのか、よくわからない
苦手な存在だったのではないかしら。

 森茉莉が美容院に行ってるとき雨が降り出し、山田珠樹が都合が悪くて
辰野隆が傘を届けに来てくれた話を、森茉莉がどこかに書いていたと思う。
 そのときの辰野の、男女七歳にして云々の異性意識丸出しの、ガチガチ
緊張ぶりを、彼女は否定的に記述していた、と記憶しているが。

 同性の友人には、いくらでも好意が示せても、相手が異性となると親の敵に
向かうかのようになるのは、非文明開化的ではないか。
 自分がさらっと振舞えなかったことを、逆に、彼女の彼への侮辱と認識して
しまったので、後の森茉莉バッシングへと移行したのではないかしら。

     (辰野隆『忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎』 中公文庫 2015初 J)

10月26日に続く~





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by byogakudo | 2016-10-24 20:52 | 森茉莉 | Comments(2)
2016年 04月 28日

森茉莉付近(43)/アンドリュー・ヴァクス+大井廣介+加藤周一

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 アンドリュー・ヴァクス/佐々田雅子 訳『赤毛のストレーガ』(ハヤカワ
文庫 1995初 J)が届いたので読み出したら、大井廣介『紙上殺人現場
からくちミステリ年評』(現代教養文庫 1987初 J)も届いた。
 なぜこれを注文したかと言えば、もっぱら地下鉄移動時に読んでいる加藤
周一『西洋讃美』(現代教養文庫リバイバル・セレクション 1993年2刷 J)
の巻末目録にあったから。

 文庫目録を読むのは楽しい。中学生時分から好きだった。
 これが収められている(いた)のか、これも入ってる、と目を走らせる。
子どものころとの違いは、読んだ本にレ点をつけたりしないところだ。手に
いれようと思った本は、すばやくタイトル等を小さな付箋に書いて、財布に
入れておくか、近ごろは速やかに通信販売で探す。買いたいときが読みたい
とき!

 そんなことしてるから積読本が溜まる。昨日も伊呂波文庫で、半澤正時
『横浜ことはじめ』(かもめ文庫 神奈川合同出版 1988初)__夜寝る前に
少しずつ読むのによさそう__と、単行本の森茉莉『戀人たちの森』(新潮社
1974年12刷 函 三島由紀夫の推薦文・帯)を買う。

 むかし妄想した『日本下宿屋文学選集』(2007年2月25日2007年2月26日
2007年2月27日)を、候補作(?!)毎に読んでいけば、わたしの頭の中で編集
した一冊本ができるではないかと思いつき、倉運荘ライフの『贅沢貧乏』もいいが、
よりフィクショナルで貸間生活の『ボッチチェリの扉』と、パウロが住むアパートの
描写があった『戀人たちの森』にした。





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by byogakudo | 2016-04-28 17:39 | 森茉莉 | Comments(0)